先日、行って来た依頼の報告書が上がってきた。
サポートによる参加を除けば、俺にとってはこれが初めての依頼となる。
――結婚式直前に事故死した、花嫁のリビングデッド討伐。
最愛の花婿を喰らい、偽りの生を手にした花嫁。
彼女が滅びた時、その瞳は何を映していたのだろう。
命の熱を失い、冷え切った手。
白い手袋越しに触れたその感触が、今もなお忘れられない。
――自分探しの旅に出る。
そう言って、あいつは単車に跨り、夜の闇の中を走っていった。
その日は、暖かな日差しの晴天だった。
強い風もなく、大樹の幹に背を預けていると、木漏れ日が程よい眩しさで降り注いでくる。
ここのところ、俺はこの光溢れる庭で、桜を伴って昼寝をすることが増えた。
いつもは結社メンバーの姿が一人か二人は見受けられるのだが、今日に限っては誰もいない。
制服の懐に収まって丸くなる桜を軽く撫で、瞼を閉じる。
穏やかな静寂の中、波のように押し寄せる眠気に身を委ねようとした、その時。
草を踏みしめる小さな足音が、俺の耳に届いた。
出会いそのものは、ごくありふれたものであったと思う。
互いに、同じ結社の一員として。
あいつは俺を名で呼び、俺はあいつを姓で呼んだ。
そのうちに、俺はあいつを名で呼ぶようになり。
あいつは、俺を兄と呼ぶようになった。
――寅兄。
まだ耳に慣れないその響きが、今はどこか心地良い。
自宅から歩いて数分のところに、よく足を運ぶ小さな花屋がある。
ただし、そこで俺が、生ある者に贈る花を買うことはあまりない。
選ぶのはほとんど、既に死したる家族に供える花だった。
我が家では、祖母への花を祖父が、両親への花を俺が、それぞれ買うのが常となっている。
4月25日。
今までの俺にとってこの日は、ただ、年齢を一つ重ねる節目に過ぎず。
よって、今年も、何事もなく過ぎ去るものだと思っていた。
しかし――
初めて『大樹のある光庭』からの出場となった、第6回バトルカーニバル。
俺たちは初戦を辛くも勝ち残り、そのまま2戦目の開始を迎えていた。
先の試合で前線を支えた深淵と、シャーマンズゴーストのチカは既に戦えず、俺と翳もダメージが大きい。
辛うじて無傷なのが白馬だけという状況で、実力の拮抗した4人チームを相手にするのは、どう考えても無理がある。
しかし、俺はこの勝負を捨てる気などさらさら無い。
後ろには、消耗した翳の姿。盾役を買って出たにも関わらず、1戦目ではフォローが間に合わなかった。
どこまで護りきれるか――それが、俺の戦いだった。
再び訪れた戦い。――その、出発の朝。
俺は、やや複雑な胸中を抱えて、自宅の玄関で靴の紐を結んでいた。
すぐ後ろでは、飼い猫の“桜”が、丸く青い瞳を俺に向けている。
短く鳴き声をあげた頭を軽く撫でた後、俺は腰を上げて家を出た。
俺の心配なら、今回はいらない。無事を祈るなら、むしろ――
わざわざ見送りにきた桜の姿を思い浮かべ、微かな迷いが胸をよぎる。
この戦いで、俺は前線に立つことを許されない身だった。
“戦争”が終わり、学園には束の間の平穏が訪れていた。
数日後には、土蜘蛛たちが篭城を続ける“葛城山”への対処を決めなければいけないが、傷ついた者も数多くいるこの状況では、まずは身体を休めるのが先決だ。
戦うにしても、それ以外の道を選ぶにしても、態勢を整える必要がある。