4月25日。
今までの俺にとってこの日は、ただ、年齢を一つ重ねる節目に過ぎず。
よって、今年も、何事もなく過ぎ去るものだと思っていた。
しかし――
紅乃たちと参加したバトルカーニバルの試合を終えた後、翳が俺に声をかけてきた。
「お誕生日おめでとうございます……。
お祝いに、お茶の席を用意させていただきましたから、
後で光庭にいらして下さいね……」
その約束を皮切りに、次々と舞い込む幸運。
誕生祝いにと、ゴーストタウンに誘ってくれた友人たち。
『鈴蘭亭』に置かれたバースディボードと、そこに綴られた言葉。
温かな想いとともに贈られた、心尽くしの品たち。
俺と同じく、顔に二本傷のある、大きな虎のぬいぐるみ。
両手を合わせて座る猫と、ガラス細工の桜の花が揺れるお守り。
さまざまな動物の形をとった、手作りのクッキー。
贈り手の人柄と、心遣いとが、そこには溢れていた。
彼らが向けてくれる笑顔に、礼を返しながら。
こみあげる嬉しさの影で、不安にさざめく胸の裡がある。
どこか、申し訳ないという思いがよぎるのは何故か。
『暇潰し』で、誕生月が同じ者たちとともに祝いの言葉をかけられ。
好きなことを要求して良いと言われて、とうとう、それを言い出すことが出来なかったのは何故か。
光庭で、翳の用意してくれた茶会の席につきながら。
周囲のやりとりを眺めつつ、俺はふと、そんな考えに沈む。
「あの、退屈でしたか……?」
おずおずと発せられた翳の声に引き戻され、俺はばつの悪い思いに駆られた。
祝いの席で、仮にも主賓が取る態度としては問題があっただろう。
慌てて首を横に振り、この場に対して不満があるわけではない、と告げる。
それでも、翳の表情は気遣わしげなまま、俺に向けられていた。
「……慣れていないだけなんだ。
こうやって、誰かに誕生日を祝われたことがなかったから」
おそらく、俺は戸惑っているのだろう。
友人たちが、自分に向けてくれた好意に。その温かさに。
今までは、ほんの僅かな例外を除いて、決して手に入らなかったものだから。
「誰かにお祝いされるというのは、嬉しいものですよね……」
――ああ、嬉しい……相応のものを返せるか、不安になるほどに。
その呟きは、自然と口から漏れた。
果たして、それだけの好意を受ける価値が、俺にあるのだろうか。
さざめく胸の裡、不安の根源。
そこに、静かな翳の声が重なる。
「きっと皆さん、渕埼さんが喜んでいらっしゃることも解ってると思いますわ……
……ここにいて祝ってもらうことができるだけで、十分……」
――それだけで、十分お返ししてもらっているのです。
何処か、遠くを見るように紡がれた言葉。
受け取る者の居なくなった想いの、哀しさを知る者の瞳。
「――ありがとう」
受け取ることができる側に、立つ者として。
この時ばかりは、迷わずに笑おうと、そう思った。
「……こちらこそ、ありがとうございます」
柔らかく微笑む翳に、空になった紅茶のカップを差し出し。
「――お代わりを、戴いても?」
「ええ、どうぞ……」
紅茶の香りと、暖かな日差しが満ちる中。
寄せられた想いの一つ一つを、改めて噛み締める。
巡り合えた、かけがえのない者たちの顔を、次々に思い浮かべながら。
――今は、この日の幸福を。
【戦績】『気まぐれポメラニアン』予選1回戦目で敗退/バトルカーニバル:0勝