出会いそのものは、ごくありふれたものであったと思う。
互いに、同じ結社の一員として。
あいつは俺を名で呼び、俺はあいつを姓で呼んだ。
そのうちに、俺はあいつを名で呼ぶようになり。
あいつは、俺を兄と呼ぶようになった。
――寅兄。
まだ耳に慣れないその響きが、今はどこか心地良い。
「寅靖」
その日、夕食を済ませて食器を片付けていると、おもむろに祖父が声をかけてきた。
肩越しに振り返ったところで、こちらを眺める祖父と視線が合う。
「――変わったな、お前は」
そう告げた声は静かで、そこに咎めるような響きは含まれていない。
ただ、それはあまりに唐突な言葉に思えた。
「私が、ですか?」
軽く首を傾げる俺に、黙って頷く祖父。
しかし、やり取りはそこまで。
『どこが変わった』とは、祖父は決して語ろうとはしなかった。
後片付けを終え、自室に戻った俺は、いつもそうするように、愛用のギターを手にした。
――毎日、少しずつでも触れてやらなければ、楽器はすぐに機嫌を損ねる。
このギターを作り、それを俺に薦めた男の言葉は、そのまま俺の日課になった。
練習曲のフレーズを繰り返し爪弾いているうち、ふと、先程の疑問が浮かぶ。
俺は変わったのだろうか。もし変わったとしたなら、どこが変わったのだろう。
唐突に目覚めた力。高2の終わりに、転校となった学園。
その時から、俺を取り巻く環境は確かに激変した。
学園で過ごしたのは、まだほんの数ヶ月に過ぎないというのに。
2年近く通ったはずの、以前の学校の記憶が、今ではすっかり遠い。
ギターを弾く手を止め、俺は首を巡らせて部屋の片隅を見る。
男の部屋に置くには、少々目立つ大きさの虎のぬいぐるみ。
その背中には、幸せそうに寝息を立てて丸くなる桜の姿があった。
ぬいぐるみは、つい先月、俺の18歳の誕生日に贈られたもの。
形が若干いびつなのは、それが贈り主の手作りの品であるゆえだった。
ギターを仕舞い、桜を起こさぬよう、そっと歩み寄る。
よほど気に入っているのだろう。最近の桜の寝床は、この大きな虎の背中と決まっていた。
変わったのは、俺の周りにいる人々と、彼らへの接し方だろうか。
あの虎の贈り主は、確実に、その理由の大きな部分を占めているに違いない。
俺たちの出会いは、どこまでもありふれたものであって。
それはいつしか、得難い縁となっていった。
あいつは俺を兄と呼び、俺は心の裡で、あいつを弟と呼ぶ。
変わりゆく人たちの中で、その絆こそは変わらぬようにと。
今は、そう願わずにはいられない。