こないだから、空ちゃんの様子がおかしい。
皆と一緒に騒いでいたと思ったら、いつの間にか一人で窓の外を眺めていたり。
僕が話しかけてもすぐに気付かないで、ぼんやり考え込んでいたり。
そして、振り向いた時には決まって、笑った顔をする。
心配しないで、わたしは大丈夫だから。――そう、言うように。
でも、目は、決して僕を見てはいなかった。
こんなことが、最近ずっと続いていて。僕は、ただ心配だけしていて。
だから、この日。バトルカーニバルの試合が終わった後に、空ちゃんを見つけて。
周りに目もくれず、早足に歩くその後ろ姿を、僕は追いかけていったんだ。
――四月中旬、鎌倉市内某所。
幼い面差しに笑みを浮かべる男の手には、温かな毛に包まれた生き物が握られていた。
オレンジと白の縞模様、青く丸い瞳、柔らかな肉球。
その全ては、今や男の意のままにある。
これは裏切りの証。目的のため、男は友情に背いた。
これは勝利の証。手の内にある限り、敵は動けぬ。
しかし、切り札としては、まだ足りない。
人質を容易に奪われてしまえば、たちまち形勢は逆転する。
多少の抵抗をものともしない、圧倒的な力が必要だ。
そして――運命の悪戯か、或いは悪魔の導きか。
男は、とうとう出会ってしまった。
探し求めた力、金色に輝く雄々しき一頭の虎に。
我々の知らないその場所で。
悪の芽は静かに、しかし巨きく育ちつつあったのだ――
4月25日。
今までの俺にとってこの日は、ただ、年齢を一つ重ねる節目に過ぎず。
よって、今年も、何事もなく過ぎ去るものだと思っていた。
しかし――
唯くんから、面白そうなバトンをもらってきたよ。
本当は寅ちゃんにもって言われたんだけど、寅ちゃんはどういうわけか凄く嫌がったんだよね。
……どうしてかなぁ?
(テルの傍らには、寅靖の飼い猫である桜が佇んで首を傾げている)
ええと、それじゃあやってみようか。
初めて『大樹のある光庭』からの出場となった、第6回バトルカーニバル。
俺たちは初戦を辛くも勝ち残り、そのまま2戦目の開始を迎えていた。
先の試合で前線を支えた深淵と、シャーマンズゴーストのチカは既に戦えず、俺と翳もダメージが大きい。
辛うじて無傷なのが白馬だけという状況で、実力の拮抗した4人チームを相手にするのは、どう考えても無理がある。
しかし、俺はこの勝負を捨てる気などさらさら無い。
後ろには、消耗した翳の姿。盾役を買って出たにも関わらず、1戦目ではフォローが間に合わなかった。
どこまで護りきれるか――それが、俺の戦いだった。
それから三日間、俺の熱は一向に下がらなかった。
普段がなまじ風邪と縁遠いばかりに、数年に一度、こういった機会が訪れてしまうとなかなか治らない。
全身の関節が軋みをあげるように痛み、眠りに落ちれば悪夢が襲う。
床に伏せる俺の傍らで、桜が回復の兆しを見せていることが、唯一の救いだった。
雨の中をずぶ濡れで出歩いたのが祟ったか、俺は翌日から滅多にひかない風邪をひきこんだ。
高熱で関節が悲鳴を上げ始めていたが、それを気にしている余裕などない。
桜は、相変わらずぐったりとした様子で、静かにその身を横たえていた。