それから三日間、俺の熱は一向に下がらなかった。
普段がなまじ風邪と縁遠いばかりに、数年に一度、こういった機会が訪れてしまうとなかなか治らない。
全身の関節が軋みをあげるように痛み、眠りに落ちれば悪夢が襲う。
床に伏せる俺の傍らで、桜が回復の兆しを見せていることが、唯一の救いだった。
重い瞼を開くと、部屋は眩しいほどの明るさに満ちていた。
どうやら、長く降り続いていた雨がようやく上がったらしい。
よろよろと上体を起こし、傍らに置いた桜の寝床を覗き込む。
重ねた毛布の上に、桜の小さな丸い身体は見当たらない。
「桜……!?」
慌ててその周囲を見渡し、最後に自らの背後を振り向く。
太陽の光が差し込む窓の下、空を見上げるように佇む桜の後姿がそこにあった。
自分であそこまで歩けるほどに、元気を取り戻したのか。
「――桜」
声をかけると、桜は背中越しに俺を顧みて、丸く青い瞳を向けた。
み、と小さく鳴き声を上げ、尻尾を立ててこちらに歩み寄る。
たっぷりと陽を浴びて、オレンジと白の毛が、金と銀に淡く輝いていた。
そっと差し出した指先の、柔らかな感触。
小さい頭を振るように、俺の掌に頬擦りをする桜。
その挙動の一つ一つが愛おしく、嬉しい。
今は立ち上がることも叶わぬ、この無力な身なれど。
それでも、差し伸べた手には意味があったのだと、桜が教える。
ならば、俺はもっと強くなろう。
より多くのものに、この手を伸ばせるように。
より多くのものを、この背に負えるように。
両の足で、しっかりと立って――
「――どしたの寅、ボーっとして」
物思いに沈んでいた俺を、紅乃の声が引き戻す。
我に返ると、紅乃と桜、宣昭までもが揃ってこちらを眺めていた。
「ん? ああ……」
ややばつの悪い思いで、曖昧に言葉を返す。
「……何でもない、さ」
今年、桜は我が家で三回目の春を迎えた。
その名に込めた願いの通り、庭に立つ満開の桜の下を歩いていた姿は、まだ記憶に新しい。
一昨年、昨年と寸分たがわぬその光景が、また来年も繰り返されることを信じて。
――今はただ、降り続く雨の音を聴く。
【♪桜/ZABADAK】