しん、と響くような雨音が、座敷の中に居てもはっきりと聴こえてくる。
ここ数日降り続いている雨は、まだ止む兆しを見せてはいない。
「やんなっちゃうなあ、雨ばっかしで」
いつもの如く、宣昭と家に転がり込んでいた紅乃が、畳の上で手足をばたつかせる。
この天気では出かけるにも億劫だが、それでも部屋に閉じ込められるのは我慢がならないようだ。
「だからといって、人の家で暴れるなよ」
「流石にやんないけどさ。でも、身体なまるー」
苦笑しつつ声をかけると、紅乃は寝転がった姿勢のまま、傍らの桜に視線を向けた。
「桜もそう思うよねー?」
紅乃と正面から顔を見合わせる形で、桜が小さく鳴いて答える。
尻尾が所在なさげに揺れているところを見ると、どうやら同じ気持ちであるらしい。
……そういえば。桜と出会ったのも、こんな雨の日だった。
少し前の話になってしまうが、鴬生からバトンを貰ったので、例によって宣昭と二人で回答してみた。
現役で学生生活を送っている割に、難儀する質問が多かった気がするのが不思議だがな……。
決して、後ろの人間が学生生活から遠ざかって久しいからだとか、そういう理由ではないと信じたい。
最近微妙に出番が多くてすみません、背後です。
寅靖の初BU(アコースティックギター付き)が納品されてより、かなり浮かれておりました。
渋さと格好良さを5割増しで描いて下さった友紀圭絵師には、この場を借りて深くお礼申し上げます。
……で、今回はそれに関連して音楽の話などを。
例によって、『背後がでしゃばるな』などとお思いの方は、どうかこの記事は流して下さい。
葛城山の殲滅戦が終わって。
土蜘蛛との戦いも、ようやく決着ということになった。
“女王”は倒したけれど、当然、こっちの被害も少なくはなくて。
4月に同じクラスになったばかりの、僕のクラスメイトを含めて、20人が犠牲になった。
この数字が多いのか少ないのか。
僕たちの選んだ道は、本当に正しかったのか。
報告書を何度読んでも、僕にはまだわからない。
……でも、今は。
僕の好きな人たちが、誰一人欠けることがなかったこと。
それを、素直に喜ぼうと思う。
死んでしまった子たちには、とても、申し訳ないことだけれど。
再び訪れた戦い。――その、出発の朝。
俺は、やや複雑な胸中を抱えて、自宅の玄関で靴の紐を結んでいた。
すぐ後ろでは、飼い猫の“桜”が、丸く青い瞳を俺に向けている。
短く鳴き声をあげた頭を軽く撫でた後、俺は腰を上げて家を出た。
俺の心配なら、今回はいらない。無事を祈るなら、むしろ――
わざわざ見送りにきた桜の姿を思い浮かべ、微かな迷いが胸をよぎる。
この戦いで、俺は前線に立つことを許されない身だった。
“戦争”が終わり、学園には束の間の平穏が訪れていた。
数日後には、土蜘蛛たちが篭城を続ける“葛城山”への対処を決めなければいけないが、傷ついた者も数多くいるこの状況では、まずは身体を休めるのが先決だ。
戦うにしても、それ以外の道を選ぶにしても、態勢を整える必要がある。
耳に届くのは、くぐもって響く戦いの音。
目の前には、一面を埋め尽くす蜘蛛の群れ。
近くにいた仲間たちは、次々に取り囲まれて。
なす術もなく、一人ずつ倒されていく。
空ちゃんは、どこにいるんだろう?
戦いの中ではぐれて、今は姿さえ見えない。
隣にいた彩蟲ちゃんが、辰巳さん、と短く呼ぶ声が聞こえて。
同時に、太腿のあたりに熱い痛みが走って、僕は大きく膝をついた。
何度か立ち上がろうとしたはずだけど、その後のことはよく覚えていない。
暗くなる意識の中で、僕は空ちゃんの名前を必死になって叫んだ。
遠い視線の先に――血の海に沈む、空ちゃんを映して。
“戦争”が終わった。
14名の死者と、数多くの重傷者を残して。
一つ、息を大きく吐いて、ゆっくりと壁に背を預ける。
度重なる戦闘で消耗はしていたが、致命的な怪我は無い。
身体は重いものの、歩く力はまだ残されていた。
――俺は、今も生きて、立っている。