ふと、通りすがりに見つけたもの。
宝箱と鍵で対になった、銀製のペンダント。
ああ、可愛いな、って思って。
気付いたら、僕はそれを二つとも買っていた。
――ほら、あの子は親がいないから。
両親の愛情が足りなかったのだと、したり顔で語る大人たち。
何度、そういった台詞が陰で囁かれるのを耳にしたことだろう。
笑わない、泣きもしない。
そんな子供など、異端でしかない。
大人たちにとっても、その息子や娘たちにとっても。
異質であるから、遠ざけられる。
ただ一人の例外は、小学校の時の同級生だった。
俺とはまるで正反対に、いつも満面の笑みを浮かべているような奴で。
あいつだけが、俺を恐れなかった。
別の中学に進学してから交友は途絶えたが、今頃何をしているのだろう――
先日、鈴蘭亭に新しい顔が増えた。
伊達鷹一、高校2年生。一応は、俺の中学時代の後輩に当たる。
と言っても、当時の俺に伊達と直接顔を合わせた記憶はない。
あちらの話によると、一方的に俺の噂を聞き及んでいたらしい。
「オレ、先輩ってもっと怖い人だと思ってたっすよ」
俺の顔をまじまじと見る伊達の一言に、若干苦いものをおぼえる。
人の印象とは、一度そう認識してしまうとなかなか拭えないものだ。
伊達の言うそれは、俺が中学時代、桜と出会う以前に残してきた負の遺産に他ならない。
――“手負いの虎”
これが、当時の俺の異名だった。
――自分探しの旅に出る。
そう言って、あいつは単車に跨り、夜の闇の中を走っていった。
クラス対抗のソフトボール大会に参加してきたよ。
僕は7番ライトで、最初はあまりボールが飛んで来なければいいなぁって考えてたんだけど。
みんな凄い人たちばかりだから、ばしばし当ててこっちに飛ばしてくるんだよね。
必死になってボールを追いかけていったんだけど、おかげで思ったより活躍できたみたい。
まぐれだけど、ホームランも打てたしね。あれは嬉しかったなあ。
――でもね。空ちゃんには微妙に怒られちゃった。
なんだか、空ちゃんはいつもの調子が出なかったみたいで。
僕が空ちゃんの分まで運を吸い取っちゃったから負けたーって、そう言ってた。
確かに、自分でも信じられないくらいの活躍だったしなあ……本当にそうだったりして。
ごめんね、空ちゃん(しょぼーん)
あ、でもソフトボールはすごく楽しかったよ。
チームのみんな、対戦してくれたみんな、どうもありがとうね。
また、こういう風にクラスの子たちと話せるといいな。
【戦績】『うっかりバーニング』勝ち点8(7戦4勝3敗)
その日は、暖かな日差しの晴天だった。
強い風もなく、大樹の幹に背を預けていると、木漏れ日が程よい眩しさで降り注いでくる。
ここのところ、俺はこの光溢れる庭で、桜を伴って昼寝をすることが増えた。
いつもは結社メンバーの姿が一人か二人は見受けられるのだが、今日に限っては誰もいない。
制服の懐に収まって丸くなる桜を軽く撫で、瞼を閉じる。
穏やかな静寂の中、波のように押し寄せる眠気に身を委ねようとした、その時。
草を踏みしめる小さな足音が、俺の耳に届いた。
出会いそのものは、ごくありふれたものであったと思う。
互いに、同じ結社の一員として。
あいつは俺を名で呼び、俺はあいつを姓で呼んだ。
そのうちに、俺はあいつを名で呼ぶようになり。
あいつは、俺を兄と呼ぶようになった。
――寅兄。
まだ耳に慣れないその響きが、今はどこか心地良い。
自宅から歩いて数分のところに、よく足を運ぶ小さな花屋がある。
ただし、そこで俺が、生ある者に贈る花を買うことはあまりない。
選ぶのはほとんど、既に死したる家族に供える花だった。
我が家では、祖母への花を祖父が、両親への花を俺が、それぞれ買うのが常となっている。
ゴーストタウンを出た後、僕たちは気まずい雰囲気のまま、公園のベンチに並んで座った。
僕は、ここ最近のことを何て話せばいいか、なかなかいい言葉が出てこなかったし。
空ちゃんは、そんな僕を見て、どこか困ったような笑顔を浮かべていた。