その百八つの鐘は、人が持つ煩悩や苦しみを払うといわれる。
一年の締めくくりとなる大晦日、俺は除夜の鐘を撞きに、凶峯慈の生家である寺まで足を運んでいた。
良かったら来ないか、と俺を誘ったのは凶峯慈だ。
今までも、本堂の大掃除の手が足りないからアルバイト代わりにどうだ、などと肩を叩かれることは多かったから、特に不思議なことではない。
ただ、都合がつかなかったのか、そもそも声をかけたのが俺一人であったのか。
鐘撞きの列に、知った顔は他に見当たらなかった。
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六甲アイランドを舞台とした、“人狼”と“吸血鬼”の戦い。
“人狼”が召還した“フェンリル”は学園の能力者たちによってとうとう倒され、“吸血鬼”の拠点たる“影の城”は健在なまま、一応の決着を見た。
捕虜となった“人狼”たちの扱い、世界結界に影響するだろう“影の城”の今後……考えなければいけないことは多いが、まずは先にやることがある。
この戦争で、光庭からは雨姫兎や蓬琳を始めとして多くの重傷者を出し、他にも、親しい者・見知った者が幾人もそこに加わった。
本陣に戻り、まずは重傷者たちを順に見舞い、次いで、大きな怪我無く戻って来た者たちの無事を確かめる。
学園側から出た戦死者のリストに、俺の知った者が名を連ねることはなかった。
戦後処理が一段落した後、学園の計らいもあり、動く余力のある者たちは連れ立って神戸ルミナリエに足を運ぶことになった。
震災の復興と慰霊を目的に始まったとされる、光の祭典。
初日の夜に彩虹と二人で訪れてから、ここに来るのは二度目となる。
この日、俺たち牽制部隊とは別のルートを進軍していた彩虹は、無事に帰還を果たしていた。
長い戦いを終えて再会してから、お互いに語る言葉も少なく。
ただ、離れていた時間の空白を埋めるように、そっと、並んで歩く。
とりどりの光に照らされた、彩虹の横顔。
それは、先日に同じ場所で見た時より、若干、白く見えた。
→リプレイ『光の紀元~光が灯るその瞬間~』(櫻正宗MS)
12月16日、午後5時過ぎ。
戦況は、激化の一途を辿っていた。
既に重傷者は多数。死者の数も、決してゼロではない。
視線の先には、闇を切り抜いたかのような影の城。
そして、それを喰らい尽くす勢いで、禍々しい咆哮を上げる巨大な魔狼の姿。
あの魔狼――“フェンリル”こそ、この戦争における最終目標だ。
能力者たちをもってしても、完全体のフェンリルを相手に太刀打ちはできない。
まずは、その力の源たる、3つの“魔狼儀式”を破壊せねばならず、主力部隊がそこを攻略している間、最低限の戦力でフェンリルを抑え続けるのが、俺たち牽制部隊の任務だった。
固く拳を握り、戦場へと一歩足を進める。
さっきまで、ともに戦っていた雨姫兎の姿は、今はここにない。
それでも、戦わねばならなかった。
あと、少しだけ時間を稼ぎ、もう1つ“魔狼儀式”が落ちるまで。
「一人で行く気か?」
背後からかけられた声に、足を止めて振り返る。
左目の下に刀傷のある、長身の男――榊の姿が、そこにあった。
「――まさか。俺はそこまで命知らずじゃあない」
内心で苦笑しつつも、肩を竦めて応じる。
視線を走らせた先、榊の傍らに、パートナーの姿は見当たらなかった。
「どうやら、同じ状況みたいだな」
互いに、今は一人。
自分の隣にあるべき者が戦いに倒れる様を、この目で見てきた。
「――奴らを潰しに行かないか? 相棒」
「ああ、行こう」
頷き、視線を移した先で、なおも荒れ狂うフェンリルの姿を認める。
これ以上、人狼たちの好きにさせはしない。
「……存分に、思い知らせてやるさ」
静かな怒りとともに、俺の唇から発せられた呟き。
それは、決意を篭めた反撃の狼煙だった。
“人狼”と“吸血鬼”。
欧州を本拠地とし、最近になって日本を訪れた二つの“来訪者”勢力。
この両者の対立が激化し、とうとう、それが大規模な戦争に発展するに至って。
“世界結界”の保護という目的のもと、学園はこの戦いへの介入を決めた。
決戦は、次の日曜日。
戦場での役割を分担する各ポジションの話し合いも、既に大詰めに近い。
慌しく準備を進める傍ら、俺は、ちょっとした時間を見つけては、先日の依頼の報告書を幾度となく読み返していた。
くるりと回る傘と、流れ出す血の赤。
揺らめく影絵を映す障子と、腕に巻かれた包帯の白。
――大丈夫。心配しないで、な?
二色に彩られた記憶は、依頼の翌日、包帯の腕を笑って振ってみせた神凪の声で締めくくられ。
その様子を、思い出すたび。
気の利いた言葉ひとつ返せなかった自分を、もどかしく思う。
→リプレイ『影絵織烏 暗』(ココロMS)
冷えた空気の中を、人々の織り成す熱気が包んでいた。
目を向ければ、そこには露店が立ち並び、温かい食べ物から一風変わった土産物まで、実にさまざまなものが売られている。
祭りの屋台を一目見ようと、駅前には多くの人たちがつめかけていた。
笛や太鼓に混じって、花火を打ち上げる低い音が響く。
花火が夜空に広がる様子に、傍らにいた雨姫兎が歓声を上げた。
「花火、もう始まってるな。さっそく行ってみようぜぇ!」
弾んだ雨姫兎の声に、背中を押されるようにして。
俺たちは、夜祭の喧騒の奥へと足を進めていった。
→リプレイ『―夜祭り―』(ツヅキMS)
〔承前〕
この時。俺に、目的地を定めるような判断力は残されておらず。
ただ、ひたすらに、人の居ない場所を求めて走った。
辿り着いた先は、海。
夏であれば、海水浴で賑わうだろうこの場所も。
今は、冬の冷たい風が、潮の匂いを孕んで吹きつけるのみ。
独りで過ごすには、都合が良かった。
砂浜に腰を下ろして、鈍色の海を眺める。
上着もなく飛び出した身に寒さが沁みたが、それすらもどうでも良かった。
寄せては返す波を瞳に映し、思考は再び疑念に沈む。
――俺は、何のために生きているのだろう?
昔から、海は好きな方ではなかった。
もともと、泳ぐのが得意というわけではないし、ただ眺めるとなると気が重くなる。
潮の満ち干きに揺れて、寄せては返す波。
茫洋と、どこまでも広がる海原。
底知れぬ深さを湛えた、滄海の虚ろな色。
これらを目にするたび。
はっきりと意識はしていなかったものの、必ず、ある種の不安を抱いていたようにも思う。
自分は何処から来たのか。
これから、自分は何処へ向かうのか。
そして、何よりも。
此処に居る自分は、何の為に存在するのか――と。
→関連SS:『傷』〔前編〕 〔後編〕
【背後より】
某所から発展したとんでもない事態を唐突にSS仕立てにしてみました。
これまでの経緯は、〔ここ〕や〔ここ〕や〔ここ〕を先にご覧いただけるとわかりやすいかと思います。
素晴らしくノリの良いキャラクター達とその背後さん達へ心から感謝を!
自分で蒔いた種、という言葉がある。
口は災いの元、という言葉もある。
思いつきと勢いのまま、鴬生ら三人を集め、黙示録で任侠チームを企画したのが俺なら。
立ち寄ったゴーストタウンで鴬生を見かけて、そのあまりに凄まじい戦いぶりに、つい軽口を叩いてしまったのも俺だ。
――だから、これはその報いであり、自業自得なのだろう。
しかし。そうと分かっていても。
受け入れがたい結末というものは、確かに存在するのである。
じっくりと時間をかけて、蓬琳は出された食事を全て食べ終えた。
「たくさん……食べる、は……久しぶり……デス」
箸を置き、一息つくようにぽつりと呟く。
つまり、普段の食事は例の固形栄養食を、身体を最低限維持しうる分量だけ摂取しているということなのだろう。
味付けは濃すぎなかったか、と訊いてやると、蓬琳はまず顔を上げて俺をじっと眺め、次いで、何度も小さく頷いた。
「美味……デス、でした……デス」
仮に社交辞令であったとしても、その一言を聞けるのは嬉しい。