【※背後より】
『寅靖の祖先が土蜘蛛である』という仮想設定のもとで
忘却期以前の渕埼家の始祖を書いた連作SSです。
(事実とは限りませんし、表でこの設定を用いる事もありません)
これでもかという程に自己満足全開です、予めご了承下さい。
〔承前〕
隠青が姿を見せぬようになり、早くもふた月が過ぎた。
自分に興味が失せたなどという言葉は、桜子は頭から信じていなかった。
深く想われていると、信じていたわけではない。
ただ、桜子は知っていた。
嘘をつくとき、あの男は決して目を合わせようとしないのだ。
わかっていて、桜子は隠青を追わなかった。
いや、追えなかった。
あの時、桜子は既に身篭っていたから。
下手に告げたところで癇癪を起こすだけだから、折りを見て、と伏せていたのだったが。
無理にでも告げていれば、隠青は今も傍に居ただろうか。
否、と思う。
あの男が一度そうと決めたら、誰にも止められる筈はなかった。
――そう、誰にも。
やがて、桜子は男児を産み落とす。
蜘蛛の子が生まれたら如何様に育てようか、などと思案していたのだが。
生まれた赤子は、見たところ人と何ら変わるところがなく。
安堵すると同時に、少しばかり残念に思った。
【※背後より】
『寅靖の祖先が土蜘蛛である』という仮想設定のもとで
忘却期以前の渕埼家の始祖を書いた連作SSです。
(事実とは限りませんし、表でこの設定を用いる事もありません)
これでもかという程に自己満足全開です、予めご了承下さい。
〔承前〕
声にならぬ呻きに代わり、口から漏れたのは夥しい鮮血だった。
遠ざかる意識の中で、己の傷の具合を確かめようとする。
内、外を問わず全身のあちこちが砕けている。
特に左腕は骨ごと節をやられたようだ。おそらく使い物にならぬ。
流れる血が片目を塞ぎ、視界の半分を奪っていく。
――否、そのような事はどうでも良い。
あの死霊は、今、何と言ったのだ……?
【※背後より】
『寅靖の祖先が土蜘蛛である』という仮想設定のもとで
忘却期以前の渕埼家の始祖を書いた連作SSです。
(事実とは限りませんし、表でこの設定を用いる事もありません)
これでもかという程に自己満足全開です、予めご了承下さい。
〔承前〕
じゃらり、じゃらりと鎖を引き摺る音が聞こえる。
鎖は、死霊の中でも“死した場所”に縛られるものの特徴。
こういった地縛霊は、この世ならざる空間を作り上げて縄張りとするものも多い。
今しがた、隠青が引きずり込まれたのも、そういった空間であった。
脱出するには、空間を作り上げた地縛霊を滅するより他にない。
この世を恨むあまり己の命すら絶ち、尽きぬ怨念によって多くの人間を道連れにしてきた救われぬ魂。
多くの絶望を糧としたその姿は、人と呼ぶにはあまりに醜悪に過ぎた。
【※背後より】
『寅靖の祖先が土蜘蛛である』という仮想設定のもとで
忘却期以前の渕埼家の始祖を書いた連作SSです。
(事実とは限りませんし、表でこの設定を用いる事もありません)
これでもかという程に自己満足全開です、予めご了承下さい。
〔承前〕
それから、隠青は桜子の元へ通うようになった。
桜子も、隠青の来訪を拒もうとしなかった。
隠青は桜子に、己の退屈の渇きを満たすものを求め。
桜子は隠青に、己の孤独を癒すものを求めた。
片や土蜘蛛。片や人間。
種は違えど、群れから外れた者には違いはなく。
互いに、相手が何者であるかは、どうでも良かったのだ。
――そして、緩やかに時は流れる。
【※背後より】
『寅靖の祖先が土蜘蛛である』という仮想設定のもとで
忘却期以前の渕埼家の始祖を書いた連作SSです。
(事実とは限りませんし、表でこの設定を用いる事もありません)
これでもかという程に自己満足全開です、予めご了承下さい。
〔承前〕
唐突に現れた男を、女はただ眺めていた。
自らより頭一つ近く高いであろう、大柄で骨太な、引き締まった体躯。
光の加減で茶色がかって見える黒い髪と、同じ色の瞳。
眼光は、女を射抜くように鋭い。
顔の彫りは深く、鼻筋が通っている。
両の腰には、使い込まれた様子の黒い短刀が一振りずつ。
隙のない仕草、身に纏った獰猛な気配。
そして、血の臭い。
どう好意的に取っても、平和を愛する者とはとても思えぬ。
こんな場所に居を構えたからには、覚悟はとうに出来ていた。
――ただ、女は男を見つめる。
【※背後より】
『寅靖の祖先が土蜘蛛である』という仮想設定のもとで
忘却期以前の渕埼家の始祖を書いた連作SSです。
(事実とは限りませんし、表でこの設定を用いる事もありません)
これでもかという程に自己満足全開です、予めご了承下さい。
昔、祖父がこんな話をした事がある。
――知っておるか寅靖。儂らの祖先には鬼が居たそうだぞ。
鬼とは節分に出てくるあの鬼か、と問うと、祖父はわからぬ、と首を横に振った。
ただ、人を食らう異形の存在であったと伝えられているそうだ。
普段の姿形は人と変わらぬが、業火を自在に操り、背からは何本もの腕を生やして人の精を貪ったのだという。
最初に聞いた時は、単なる与太話としか思えなかった。
ただ、今になってこの話を思い出した際、一つだけ引っかかった事がある。
人食いの異形とは、来訪者・土蜘蛛のことではないかと――。