7月の午後、大樹の木陰。
照りつける太陽も、ここでは木漏れ日となり、まばらに小さな光を落とす。
涼しげな風が、俺の傍らで眠る桜の髭をそっと撫でていた。
流れる音楽は、控えめながら澄んだ歌声。
そして、そこに重なる、二本のギターの音色。
学園祭は、もう明日に迫っている。
必死にリズムを取ってギターを爪弾く中、唐突に伴奏の旋律が乱れた。
一瞬の焦りが続く音を狂わせ、指はもつれて動かない。
俺のギターの音が途切れるとともに、曲は再び中断となった。
「どうして、そんな簡単なとこで何度もとちれるんだ?」
「……うるさい」
呆れるというより、むしろ感心したような口調で、白馬が言う。
苛立ちを必死に抑えつつ、俺は再びギターを構えた。
今日に至るまで、家ではひたすらに練習を積んできている。
この一曲に限れば、完璧とは言い難くても、ある程度形にはなったはずだった。
それが、合奏になった途端まるで上手くいかない。
俺一人が足並みを乱しているという事実は、悔しいという以上に心苦しかった。
「肩に力入ってるぞ」
苦笑混じりに、白馬が俺の肩を叩く。
「下手にノーミスでやろうと意気込むから、途中で止まるんだよ。
お前の伴奏なんて誰も期待しちゃいねえんだから、気楽に行けって」
神経を逆撫でされる台詞ではあるが、正論には違いない。
主役は翳の歌なのだから、その邪魔にさえならなければ良いのだ。
そう考え、少し気が楽になる。
「一度、お茶にしましょうか」
俺たち二人の顔を眺め、翳が穏やかな微笑を浮かべた。
翳の淹れたアイスティーの冷たさが、火照った身体に沁み込むようで心地良い。
休憩の最中、俺はギターを取り、先の合奏で詰まった部分を復習う。
過剰に気負う必要はないと言っても、出来る限り不安要素は除いておきたかった。
「……お前より桜の方がよっぽど正確だぜ、リズムの取り方が」
白馬の声を聞き、ふと、桜に視線を落とす。
寝息を立てる桜の尻尾が、まるで、曲に調子を合わせるかのように揺れていた。
「主人思いの猫で良かったな、おい」
軽く噴き出した後、白馬が肩を震わせて笑う。
眉を顰めたところに、やんわりと翳が口を開いた。
「でも、上達は早いと思いますわ。しっかり練習されてますもの」
こちらを向き、にこやかに目を細める。
銀色の瞳が、その微笑みを映して淡い輝きを放った。
「音も穏やかで渕埼さんらしくて――私は、好きですよ」
真正面から紡がれた言葉に、思わずどきりとする。
固まっている俺を眺めて、翳もまた、視線を横へと逸らした。
「そ、そろそろ……続きを、はじめましょうか……」
「――そう、だな」
ニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべる白馬に軽く肘を入れつつ、ギターを構え直す。
「今度は、とちっても止まるなよ?」
「……わかっている」
そして、再び合奏が始まった。
囁くような歌声。風にのって、流れてゆく音色。
それは、どこまでも優しく、温かな時間を包んで。
――やがて、儚く消えてゆく。
【♪遠い音楽〔Live version〕/ZABADAK】 ※アルバム『Decade』収録