雨の中をずぶ濡れで出歩いたのが祟ったか、俺は翌日から滅多にひかない風邪をひきこんだ。
高熱で関節が悲鳴を上げ始めていたが、それを気にしている余裕などない。
桜は、相変わらずぐったりとした様子で、静かにその身を横たえていた。
学校に欠席の連絡を入れた後、俺はこっそり籠に入った桜を連れて家を出た。
祖父には、病院に行くとだけ告げ、その足で真っ直ぐ昨日の獣医へと向かう。
ここで桜を診てもらってから、俺も病院で診察を受ける予定だったのだが、獣医が予想以上に混雑しており、順番待ちでかなりの時間を消費してしまった。
俺の熱は眩暈を起こすほどに上がり、そこから病院に行く余力など、到底残されていない。
幸い、桜は昨日より回復の兆しを見せているという。
獣医の言葉に安堵しつつ、俺は重い身体を引きずるように自宅への帰路についた。
玄関で、祖父が仁王立ちで俺を待ち構えているなどとは知らずに。
帰るなり、祖父は厳しい口調で俺を問い詰めた。
「どうして行き先を偽った」
「偽ってなどおりません。私は病院に行くと申し上げたはずです」
「儂は言葉遊びをしているのではない」
俺の言葉を遮るように、祖父の眼光が鋭さを増す。
「何故、お前も病院に行かなかった」
「桜の診察に時間を食いました」
「先に、自らが治療を受けようとは思わなんだか」
「より弱っているものを、優先したまでです」
祖父の眉間の皺が一段と深くなるのを見て、俺は覚悟を決めた。
「――寅靖」
籠を置け、と、低い声で言い放つ祖父。
黙ってそれに従うと、直後、横っ面に重い平手の一撃が飛んだ。
熱に浮かされた身体で衝撃を支えられるはずもなく、俺はそのまま転がるように倒れる。
「この、愚か者めが」
真上から見下ろす、祖父の強い視線。
「――共倒れになっては、何も救えぬ。
手を差し伸べたいと思うのならば、まずは己が立て」
俺は、自分が間違ったことをしたとは微塵も思っていない。
それでも、祖父の言葉は正論であって、一分の隙もなかった。
「……はい」
頬の痛みに耐え、唇を噛み締める俺の傍らで。
桜が、籠の中から小さく鳴き声を上げるのが聞こえた。