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連作のSS(サイドストーリー)、全10話。
時間軸としては3月初旬を想定。
重めの内容で、若干のアンオフィ成分を含む可能性があるため
ご覧になる際はその旨をご了承下さいませ。
なお、作中にご登場頂いた他PL様のPC、NPCについては
PL様ご本人より事前に許可を頂いております。
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【Prologue ―再会】
“あの人”が道場を去ったのは、いつだっただろう。
俺が小学校に通う、さらに前だったろうか。
日付はおろか、年月さえ判然としないほどの遠い過去。
それでも、俺はあの時のことをはっきりと覚えている。
“あの人”は、別れ際、確かにこう言ったのだ。
――そんな顔をするな。お前が大人になったら、会いに来るよ。
必ずな、と念を押した彼の瞳。
穏やかな言葉にまるでそぐわない、冷たく鋭い視線。
いつも強く優しかった“あの人”が、初めて見せた表情。
その違和感を――俺は今でもずっと忘れられない。
〔承前〕
夜が更けても未だ明かりの落ちぬ一室で、アコーディオンの音が響く。
寝た子を起こさぬようにと、音量に細心の注意を払って奏でるのは、はたる。
日中の野良モーラット捕獲依頼でも活躍した、小型の手風琴である。
その傍らでトランプに興じる彩晴、いちる、影郎、ユエ、モルモ。
それぞれの手元に、小分けにされた菓子類が積まれているのは、ゲームに賭けるチップの代わりだろうか。
一人、布団ですやすや寝息を立てている桜羅の隣で、勾音は眠るでもなく、アコーディオンの音色に耳を傾けながら、布団の上の桜に向けて猫じゃらしを器用に振っていた。
「――あれ、皆ここにいたんだ?」
襖を開いた円が、座敷をぐるり見渡して声を上げる。
首や肩をほぐすように回しつつ、影郎が欠伸交じりに言った。
「そろそろお開きにしますかねえ」
「一応、あっち布団だけ敷いてきたけど?」
「……あ、すんません。助かりますわ」
戦利品の菓子類を両手でひょいと掬った彩晴が、円の声に顔を上げる。
なお、お菓子争奪トランプ大会の一番の勝者が誰かは、言うまでもない。
「モルモ、畳の上で寝ちゃダメだってばー!」
赤いマントを毛布代わりに、早くも寝に入りかけているモルモを、ユエが抱える。
おやすみ、と互いに声をかけあった後、男性陣は自分達の部屋へと戻っていった。
〔承前〕
それは、ユエの一言から始まった。
「……ところでさ」
布団を敷きながら、一斉にユエの方を見る女性陣。
皆の視線が集まる中、彼女は悪戯っぽく目を輝かせて言った。
「こういうところに泊りに来たら、枕投げするものだって聞いたんだけど……今回はありなのかな?」
しん、と数瞬の沈黙。
それを破ったのは、ハイテンションから未だ覚めやらぬ円だった。
「よろしい、ならば枕投げだ!」
「おー!!」
枕投げ大戦、ここに勃発。
〔承前〕
旅行の楽しみといえば、温泉と、もう一つ。
そう、夕食の時間である。
「いいにおいなんだよぅー」
大広間の襖をくぐった桜羅が、可愛らしい鼻を動かして言う。
広間の中央には人数分の膳と座布団が並び、やや隅の方にある卓に、白木のお櫃と、漆塗りの大きな重箱が幾つも置かれている。美味しそうな匂いの元は、そこだろう。
「配膳は自分達でやるのよね?」
「そういう話でしたね。その方が気兼ねいりませんし」
はたるの言葉に、勾音が頷く。
離れとはいえ、本来であれば宿の人間が配膳その他の世話をしてくれる筈なのだが。この人数で貸切にしてもらっているため、今回は出来る限り自分達で面倒を見る、という形にしてある。
「俺も手伝う! モルモもちゃんと手伝ってね?」
「きゅぴっ」
元気よく手を上げたユエの隣で、モルモもぴしっと挙手。
宿の人間の出入りを最低源にした理由の一つに、モルモが心置きなく過ごせるようにという思惑もある。それをきちんと分かっている一人と一匹は、お手伝いする気満々。
「そんじゃ、飲むもんの類とか運んできますわ」
配膳の人数は足りていると判断した彩晴、そつなく力仕事に立候補。
呼吸をするように自然に気を配る、生粋のフォロー体質である。
「……あ、じゃあ俺も。瓶とか重いだろうし」
その声を聞き、浴衣の裾からのぞく左足首の傷痕を気にしていたいちるも、従弟に続いた。
皆がきびきび動く中、こんな例外も。
「――皆の者、大儀である。よきにはからえ」
一人、バカ殿よろしく座布団に鎮座する影郎。
すぐさま、青筋を浮かべた寅靖に「貴様も働け」と首根っこを引っ掴まれたのは言うまでもない。
「よし、早く済ませて皆でご飯にしようぜ!」
円の楽しげな声が、広間に響いた。
〔承前〕
覆面忍者ルチャ影(+1名)の魔の手が刻々と迫る中、女湯では。
「――ん? いま何か音しなかった?」
ユエの声に、モルモがもきゅ? と首を傾げる。
女性陣の視線が、一斉にユエに向けられ。そして、彼女らも気付いた。
周囲の空気が、ほんの僅かではあるが――先刻までと異なっていることに。
ここに集った女性陣を甘く見てはいけない。
美しく可憐な彼女らも百戦錬磨の能力者。さらに、全員が鋭敏感覚持ちである。
生半可な隠密の技では、この優秀な索敵レーダーの群れをすり抜けるなど至難の業であろう。
異状を察した女性陣の対応は早かった。
勾音と円は、バスタオルを身に巻きつつ周囲の様子を窺う。
「不埒な方でもいましたかね?」
「あっちには寅靖もいるし、大丈夫と思うんだけど……」
本人に代わり先に謝っておきます。
信頼を裏切ってごめんなさい、円さん。
一応、止めようとしたんですけどね。
色々あって、どうしようもありませんでした。はい。
二人が戦闘態勢を整えるのを見て、桜羅も真似してバスタオルを巻く。
少しぶかぶかだが、そこは優しいお姉さん達が、動いても大丈夫なように形を整えてくれました。
「ありがとうなんだよぅー」
「うんうん、可愛い女の子達はきっちり守ってみせるんだぜ!」
一方、バスタオルの代わりに木桶を手に取ったのは、はたる。
周囲を見渡し、不埒者が来るならどこを乗り越えてくるか、というあたりを分析。
当たりをつけた柵の方へと歩み寄ると、彼女は猫変身を発動。
白地に焦げ茶の虎縞、小さな白虎を思わせる猫が、手近な石に立てかけた木桶の影に身を隠す。
「さて、来ますかね?」
いつもと変わらない口調で呟く勾音だが、彼女の意識は鋭く周囲へと向けられていた。
自然体の立ち姿に、隙は微塵も感じられない。
「モルモ、ちょっとあっちの様子見てきて。男の人だったら、パチパチしていいよ」
「きゅぴっ!」
ユエに偵察を頼まれ、モルモが張り切ってお返事。
しかし、ちょっと待ってほしい。
モルモはモーラットヒーロー。その実力はモーラット系の使役ゴーストの中でも最高位であり、『パチパチ火花』の威力も比べ物にならない。
――そう、『モラスパーク』と固有の技名がついてしまうほどに。
それ、起動してない人だと、能力者でも死にかねないんですが……?
〔承前〕
温泉の華といえば露天風呂。
そして、ここ女湯では今、とりどりの花たちが咲き誇っているわけで。
「わーい、おっきなお風呂ー♪」
石作りの湯船に小さな体を沈めて、桜羅がはしゃぐ。
気温は先よりさらに下がっていたが、熱めの湯のおかげで寒さはさほどに感じない。
「折角の温泉だもの、心ゆくまで楽しみたいわよね」
桜を腕に抱き、ペット可の湯船にゆっくりと浸かるのは、はたる。
同年齢以下の少女に比べると大分落ち着いて見える彼女だが、内心では大所帯での泊りがけ旅行に心を躍らせていたりする。
実家ではもっぱら友達を泊める側だったし、学校行事や依頼を除けば、外泊の機会などなかなか無かったのだ。
そんな女の子達の様子を眺めて和みつつも、ふと俯いてしまう円。
(「華奢な女の子って、いいよね……」)
女性としては長身な自分へのコンプレックスが再燃したのか、しゅんと肩を落として湯に身を沈める。
「――神凪サン、どうかなさいましたか?」
「え、その、何でもない!」
首を傾げる勾音に、円は慌てて首を振る。
周囲からしたら逆に憧れの的だろうナイスバディの持ち主にも、色々と悩みは尽きないらしい。
そして、ペット可の湯船にもう一組。
いつも家で一緒に入っているのと同じようにして、ユエとモルモが仲良く温泉を堪能中。
「モルモ、いいお湯だねー♪」
「もきゅ♪」
本日一番の勝ち組はモルモさんな気がする今日この頃。
皆様、いかがお過ごしでしょうか。
降り始めたと思った雪は、もうほとんど止んでいた。
薄暗くたちこめていた雲の隙間からも、今は晴れた空が見え隠れしている。
時間が時間なので、冷え込むのばかりはどうしようもないが――むしろ、火照った体には澄んだ空気が心地良いくらいで。
そんな夕暮れの空の下、一枚の地図を頼りに歩く5人の男女。
銀髪碧眼が印象的な少年――尭矧・彩晴がふと、空を見上げる。
「ん、雪止んだんね」
「見知らぬ土地で雪中行軍は勘弁ですからねえ」
トレードマークの真っ白なマフラーに顔を埋めて答える青年――流茶野・影郎。
そのやりとりを聞き、黒髪の少女――掛葉木・はたるが、藍の瞳を二人の方へと向けた。
「……流石に、この時期はそこまで降らないと思いますけど」
「それより急がないと。このままじゃ完全に日が暮れる」
地図を手に、どこか呑気な同行者達を促したのは掛葉木・いちる。はたるとは双子の姉弟であり、また彩晴は彼らの従弟にあたる。
いちるの顔に疲労が濃いのは、先にぬいぐるみ工場で行われた野良モーラット捕獲依頼での大騒動が原因だろうか。
「――あ、あそこじゃないかな?」
銀の髪に結んだ黒いリボンをなびかせ、前方を指差す少女、ユエ・レイン。
彼女の相棒であるモーラットヒーローのモルモは、今はイグニッションカードの中だ。
ユエが指し示した先は、鄙びた宿の看板。
そこに書かれていた名前は、確かに地図に目印をつけた温泉宿と同じで。
かくて、彼らは目的地へと辿り着いたのだった。
【※掛葉木・いちる君のプレイヤー様との合同企画です】
→【晩冬もきゅほわ温泉旅行】もきゅーがここにはごじっぴき。
※リンク先はいちる君PL様企画の前編オープニングとなります
・当企画はいわゆる偽シナと呼ばれる類のものです。
(いちる君ブログ『SWALLOW EDGE』における“無謀企画”と同じ)
・今回は『前編:ぬいぐるみ工場で50匹モラ捕獲』(GM:いちる君PL様)と
『後編:温泉貸切一泊旅行』(GM:寅靖PL)の二本立て。
・前編のみ参加・後編のみ参加も勿論OK。
(参加資格は前後編で微妙に異なる部分がありますのでご了承を)
下記の要項と、オープニング(追記に記載)をご覧になり、
興味を持たれた方は、当記事コメントにて参加表明をお願い致します。
【注意】
当方にとって初の試みであるため、後編のみ参加資格を若干制限させて頂いております。
どうかご了承下さいませ。
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■参加資格:
下記のうち1点でも該当している方
・いちる君ブログ『SWALLOW EDGE』無謀企画参加者の方
(第一弾~今回の第三弾まで。能力者を継承引退済みの方も可)
・結社『駅前ひのわ商店の日々』団員の方(元団員の方もOK)
・こちらから個別にお誘いした方
※前半(モラ依頼)のみ参加、または後半(温泉旅行)のみの参加も可
※『後編』参加者募集&プレイング提出〆切:2/21(月) 08:30
【『後編』参加者募集&プレイング提出〆切:2/26(土)08:30】に変更。
後編GM的にフェンリル全体の結果が出てからの方が安心なので(チキン)。
→充分な人数が集まった場合、期日前に参加者募集を〆切る可能性あり
(プレイング提出〆切は変わらず)
・プレイング提出方法:
当記事コメント欄 or 寅靖(b20320)宛の手紙のいずれか
・プレイング字数:無制限
※字数が多過ぎる場合は、書き切れない可能性があることをご了承下さい
※参加はしたいけどプレを書くのが面倒……という場合は『お任せ』も可
(但し、描写がブレる可能性が出るため、『これだけは!』という部分がありましたらご指定下さい)
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後編のオープニングは以下の追記から。
※いちる君PL様に許可頂き、運命予報士NPC・堤典杏嬢を登場させて頂きました。ありがとうございます。
※エイプリルフールの仮想設定における連作SSです。
詳細はこちら。
〔承前〕
【Postlude ―帰還】
「お父さん、まだ読んでるの?」
いつの間にか、立ち読みに夢中になっていたらしい。
息子の声で我に返った俺は、読んでいた本をそっと閉じた。
「――ああ、ごめん。そろそろ行こうか」
「うん、お母さん待ってるよ」
本を棚に戻し、息子と手を繋いで歩き出す。
「あれ、本買わないの?」
「……うん、いいんだ」
「変なの。『不思議の国のアリス』って子供の本でしょ」
小学生の息子は、年齢の割に口が達者だ。
時折、こんな大人ぶったような台詞をさらりと言う。
「何だか懐かしくてね、つい」
そうは言いつつも、子供の頃に夢中になった本というわけではなかった。
タイトルは知っていても、物語の内容までは詳しく覚えていない。
俺の興味を惹いたのは、あの本の表紙に描かれていたイラストだ。
懐中時計を手に、少女を不思議の国へ導く兎――。
それだけが、妙に心に引っかかったのだった。
※エイプリルフールの仮想設定における連作SSです。
詳細はこちら。
〔承前〕
【Waking ―目覚め】
目が覚めてみると、いつも通りの起床時間だった。
寝起きの良い俺にしては珍しく、随分と長くまどろんでいた感覚がある。
その間ずっと、目覚まし時計の今どき古風なベルを聞いていた気がするのだが……実際は、数分も経過していなかったらしい。
眠っている間に、夢を見ていたようだ。
長い、長い夢――。