『私の居る場所、帰ってくる場所』
鎌倉に腰を落ち着けてから、早くも半月以上が過ぎた。
四年前、まだ小学生と呼べる年齢だった頃。私は一時、この街に居たことがある。
当時の弱点だった接近戦を克服するため、格闘技の道場に弟子入りをしていたのだ。
強くなるため、力を手に入れるため。それ以上でも、以下でもなく。
数年ぶりに足を踏み入れた鎌倉は、懐かしさよりも物珍しさが先に立った。
殊更に風景が変わったわけでもないのに、どうしてか、心が躍って。
この先、ここで暮らしていくということに対して。
喜んでいると自覚するには、少しだけ時間がかかった。
挨拶を、と思って訪ねた道場で、師匠と軽く話をして。
師匠の孫が、私と同じ学校に通っていると知った。
私の兄弟子でもある彼が、つい数ヶ月前に、唐突にあの学園に転校した理由。
深く考えなくても、それは大体予想がつく。
たぶん、彼は覚醒を果たしたのだろう。私と同じ“能力者”として。
考え事に沈みながら、ごろり、と部屋の床に転がる。
しばらくこの街から動かないからと、思い切って借りることにしたマンション。
私物と呼べるものは、まだほとんど無いけれど。
雨漏りにも、隙間風にも縁のない部屋は、それだけで安心できた。
手を伸ばした先、役目を終えた求人情報誌がこつんとぶつかる。
家賃を払うために、雇ってもらったバイト先のカフェ。
慣れない制服に戸惑いながらも、働くことは楽しかった。
戦うことしか知らなかった自分が、住む場所を、働く場所を手に入れて。
そして、多くの優しい人たちと出会った。
ゴースト抹殺を誓う能力者たちの集う部室。
そこで得られた縁は、きっと、大きな力になるはず。
今は――いや、今だからこそ。私は、胸を張ってそう言える。
そこまで考えて、ふと、頬に傷のある兄弟子の顔を思い出した。
周囲に馴染めない自分の色を憎み、拒絶の空気を纏って。
かつての私と同じく、ただ人を避けるように、漠然と力を求めて生きていた彼。
彼もまた、この数年を経て変わっただろうか。
ここに居たいと思える場所を、手に入れられただろうか。
――8月26日。
戦争、とも呼べる大きな戦いを次に来る日曜に控えて。
私は一つ、大きく息を吐く。
覚えた戦い方はそのままに。けれど、決意は新たに。
一個の駒としてでなく、ただ、一人の人間として。
「戦って……帰ってこなきゃ……な」
呟きは、開け放した窓から吹く風に紛れて、そっと、消えていった。