夏の太陽が照りつける墓地。
正午を少し過ぎたばかりのこの時間、他に人の姿はなく、蝉の声ばかりがやけに響く。
じわりと汗が滲む気温の中、俺はとある墓を目指して歩いていた。
ひときわ立派な墓石に、『白馬家』の文字。
“白馬 律”――白馬 旋の兄であり、翳の婚約者であった人が眠る場所だ。
その墓石と向かい合うように、顔を上げて立ち。
物言わぬ“彼”の視線を通して、俺は自分を見つめ直そうとしていた。
翳が自らを海に沈めようとした、あの夜から。
もう関わるまいと決めたはずなのに、俺はまだ、想いを断ち切れないでいる。
ただの未練と片付けてしまえば、それまでだろう。
でも、それ以上に、心に引っ掛かるものが増えていた。
本当にこのままで良いのか?
何か、大切なことを見落としているのではないか?
必死に答えを探し求め、記憶を辿っていくうち。
少し前に、友人が語った台詞を思い出した。
――愛してる事が自分にとって大事なら、愛すればいいんだと想うのですよ。
彼女の緑の瞳と、屈託のない笑顔を脳裏に浮かべて、思わず首を横に振る。
傷つけるとわかっていて、愛することなど出来はしない。
だから、俺は翳から離れる道を選んだ。
悲しむ顔は、もう見たくはなかったから。
――本当、に?
そこまで考えて、ひどい違和感をおぼえる。
俺が恐れているのは何だ。
翳を傷つけることか。
それとも、その様子を目の当たりにして、己が傷つくことか。
愕然とした。
俺は、決着をつけたつもりで逃げていたに過ぎない。
いや――おそらく、最初から。
翳の一挙一動に怯え、浮き足立って心を乱し。
その度にもっともらしい理由を作り上げ、自分を納得させて。
改めて彼女の真意を問うことは、決してしなかった。
俺は、臆病者にして卑怯者だ。
そうと認めた瞬間、己の進むべき道が見えてきたのは、果たして皮肉だろうか。
もう一度、翳に会おう。
今度こそ逃げずに、彼女と正面から向かい合って話そう。
答えを出すのは、それからでも遅くはない。
「また、来ます」
“彼”に暇を告げ、自宅への帰路につく。
午後になり、日差しはますます勢いを増して眩しい。
手をかざしたところに、日傘をさした女性が家の前に立っているのが見えた。
客だろうか、と少し歩み寄ると同時に、それが翳であることに気付く。
驚きのあまり、俺は自らの目を疑った。
「翳……?」
「……渕埼さん」
呼びかけた先、翳が微かに身体を震わせて振り向く。
その表情は、どこか覚悟が入り混じっているようにも思えた。