俺が目を覚ましたのは、あれから一夜が明けた翌日のことだった。
重い瞼の隙間から光が差し込み、やがて見慣れた自室の天井が視界に映る。
みゃあ、という鳴き声に顔を向けると、布団の傍らに座ってこちらを窺う桜の姿があった。
撫でてやろうと腕を伸ばした拍子に、左肩から背中にかけて鋭い痛みが襲う。
そこに真新しい包帯がきっちりと巻かれているのを見て、俺は自分が死の淵から引き戻されたことを悟った。
昨夜の出来事を思い出し、現実が一度に重く圧し掛かる。
後悔の波が打ち寄せ、思わず溜息を吐いたところに、襖が開いた。
「――目が覚めたか」
低く、落ち着いた祖父の声。
何一つ揺らがないその様子に、幾分か救われた気分になる。
「はい……」
小さく声を返すと、祖父は、見舞い客の来訪を俺に告げた。
一瞬、翳の姿が浮かんで逃げ出したい思いに駆られたが、どうやらそれは白馬のことであるらしい。
少し考えた後、ここに通してください、と答えた。
「おい、大丈夫か」
部屋に入るなり、白馬が床に伏せる俺を見下ろしながら言う。
血を大量に失ったせいか、今の俺は酷い顔色であるようだ。
「少し回復が遅いようだが、何かあったのか?」
布団の傍らに腰を落ち着けてから、白馬は怪訝そうな顔を俺に向けた。
俺たち“能力者”は、そうでない人たちに比べて、格段に自己治癒力が高い。
いかに重傷であったとしても、一晩が明けてなお動けないという事態は、そうそうないはずだった。
「何も、ない……」
原因に心当たりはあっても、それを口にするわけにはいかない。
内心の動揺を押し殺し、俺は首をゆっくりと横に振った。
「あの人に、余計なことを言ったりしてないな?」
痛いところを突かれ、咄嗟に誤魔化すことも出来ずに口篭る。
白馬はそんな俺の様子を眺めた後、納得するように「……そう、か」と頷いた。
「今回のことは、俺も悪いと思ってる――ゆっくり休め」
立ち上がり、背を向ける白馬を見送ろうと、桜が姿勢を正しながら「みゃ」と鳴き声を上げる。
桜の頭を撫で返し、手を上げて退出する後姿に向けて、思わず呟きが漏れた。
「……すまん、な」
誰に、何に対して詫びているのか、自分でもわからないまま。
ぼんやりと揺らいでゆく視界の中、俺は浅い眠りへと誘われていった。
瞼の帳が下りると同時に、翳の顔が浮かんでは消えてゆく。
――頼む、笑ってくれ……。
それから、一昼夜続いた夢の中で。
俺の願いは、とうとう叶わなかった。
【♪月光光/ZABADAK】