闇の中、俺の意識はゆっくりと沈み続けていた。
身体の感覚は希薄で、痛みも寒さも、何一つ感じない。
見えず、聴こえず、指先に触れるものすらなく。
ただ、闇だけが深さを増してゆく。
俺は死ぬのだろうか。それとも、もう死んでいるのだろうか。
まるで、見当はつかなかった。
解っているのは、このまま流れに身を任せるしかないという事実。
抗う術は、何一つ残されていない。
ふと、残していく者たちの顔が、脳裏に次々と浮かび上がる。
ただ一人の肉親と、小さな家族。
結社で出会い、語らった友人たち。
肩を並べ、背を預けた戦友たち。
――できれば、別れの言葉くらい、伝えておきたかった。
今は旅先にある、血の繋がらない弟。
――お前の帰りは出迎えてやれそうにない……どうか、許してくれ。
そして……翳。
――すまない。俺の至らなさが、君にそんな顔をさせてしまった。
銀の瞳にいっぱいの涙を湛え、悲痛に歪められた表情。
最後に見たあの顔が、焼きついたように離れない。
全ては、俺の浅はかな甘い期待ゆえに。
決して侵してはならない領域があると知りつつ、そこに足を踏み入れ。
結果。これ以上ないほど、彼女を傷つけた。
もう、引き返せはしない。
闇の彼方から、微かに歌が聴こえてくる。
漂い、沈むに任せていた俺の意識は、唐突に、銀色の記憶の渦に呑まれた。
何かを叫ぶようにして、こちらに駆け寄ってくる翳の姿。
輝く糸の軌跡を描いて舞う、一筋の銀の光。
不吉な殺気を湛えた、ゴーストの赤い瞳。
愁いをのせて響く、シューベルトのアヴェ・マリア。
――すまない……本当に、すまない……。
激流に翻弄されながら、必死に詫びる俺の眼前で。
翳の漆黒の瞳が、なおも切なそうに揺らめいていた。