拳がゴーストを捉えた瞬間、リボルバーガントレットの回転動力炉が限界を超えて弾けた。
貫き砕いた鎧の破片に混じって、ガントレットの装甲が血の飛沫を散らしながら宙を舞う。
背中の傷が、嫌な音を立てて再び裂けていくのがわかった。
ゴーストの消滅とともに、反動で大きく後方へと吹き飛ばされる。
もはや、受身を取る余力も残ってはいない。
そのまま、俺の身体は近くに立っていた柱へと激突した。
深手を負った背中をしたたかに打ちつけ、思わず苦痛の呻きが漏れる。
柱に背を預けるようにずり落ち、軽く咳き込んだところで、翳が駆け寄る足音が聞こえた。
「怪我は……ない、な……良かっ、た……」
こちらを窺う翳の顔は、普段よりも一層白く見えた。
俺の言葉に表情を歪めた後、その頬を幾筋もの涙が伝ってゆく。
「どうして……こんな……っ」
翳の視線は、俺の左肩からのぞく例の傷へと向けられていた。
出血は激しく、傷口を押さえる俺の右手も、既に赤く染まっている。
体内の熱も奪われつつあるのか、やけに肌寒かった。
――俺の想いは、一つ。
どれだけ血を流し、どれだけ傷ついたとしても。
「……君を、護りたかった……」
涙を流し、首を横に振る翳の姿。
それが、徐々に焦点を失ってぼやけていく。
頼む。泣かないでくれ。
「俺は……君、が――」
想いのたけを籠めて、そっと、左腕を伸ばす。
指先が翳の頬に触れかけたその時、凍るような声が、彼女の唇から漏れた。
「――やめて……っ!」
びくりと震えた指が頬を掠め、血の痕を白い肌に描く。
「私には……私、には……!」
――そうだ。翳には、“彼”がいる。
直後、我に返った俺の胸に、猛烈な後悔の念が湧き起こった。
最愛の婚約者であった“彼”の死後、翳がただ一人で守り抜いてきた聖域。
俺が口にしようとしたのは、そこを土足で踏み荒らすと同義の一言に違いない。
咄嗟に謝ろうとしたが、その言葉は、すぐには出てこなかった。
身体から一度に力が抜け、指一本動かすこともままならない。
全ての景色が、音が、まるで帳を下ろすかのように遮られてゆく。
詫びたところで、帳消しに出来るなどとは勿論考えてはいない。
だが、俺に出来ることはもう、他に残されてはいなかった。
「……すま、ない……」
喉の奥から、ようやく、掠れた声を絞り出す。
俺の意識はそのまま、滑るように闇へと落ちていった。
今、この瞬間に浮かべているであろう、翳の傷ついた表情。
それだけを、ひたすらに想い描きながら。
【♪silent hope/河野圭】