翳の瞳から零れる、一筋の涙。
その頬に思わず手を伸ばしかけた時、俺の左肩が、淡く銀色の光を放った。
同時に、翳の頬を伝った涙は銀の粒となり。
やがてそれは、小さな羽根を持った白燐蟲へと変化した。
そのまま吸い寄せられるように、蟲が俺のもとにやって来る。
淡い光が収束し、白燐蟲がもう一匹、俺の肩口から姿を現した。
銀色に輝く蟲たちが、つがいの如く寄り添い、窓の外に向けて飛んでゆく。
俺と翳は、黙ったまま、その光景を眺めていた。
蟲たちの残した銀の軌跡に向けて、翳の唇が小さく言葉を紡ぐ。
やがて、それが完全に見えなくなってから、彼女は、ゆっくりと俺に向き直った。
「……翳」
微笑む翳に、そっと右手を差し出す。
冷たくも柔らかい手が、俺の掌へと重なった。
「“あやこ”と、お呼び下さい……」
一度、はにかんだ様子で視線を伏せてから、再び俺の目を見る。
花が綻ぶように、彼女の唇から穏やかな笑みがこぼれた。
「彩る虹と書いて、“あやこ”ですわ」
重ねられた手を握り、微笑みを返す。
心から笑うことができたのは、随分と久しぶりに思えた。
「……彩虹」
「はい……寅靖、さん」
互いの名を呼び合う声が、くすぐったくも心地良い。
風の音すら届かない静穏の中、どこからか、蟲たちの羽音が聴こえた気がした。
――祝福を奏でる、小さな歌のように。
【♪LITTLE BEAT RIFLE〔album ver.〕/鬼束ちひろ】