滅入るほどに、鬱々とした状態が続いていた。
身体の傷は、まだ左肩に若干の違和感が残る他は、ほぼ完治している。
しかし、心に抱えた重荷は、少しも軽くなってはいなかった。
当然と言えば、当然の話だ。
自ら動かずして、解決できる問題ではない。
そうと判ってはいても。
俺はまだ、翳と再び向き合う勇気を持てずにいる。
「お前、何やってるんだ?
……いつまでそうやってるつもりだよ」
この日の夕方、近くの海岸に俺を呼び出した白馬は、開口一番、そう切り出した。
何を言いたいのかは、嫌というほど伝わってくる。
「悩む暇があったら、とっとと会いに行けよ」
傷が癒えたにも関わらず、俺はまだ、何一つ行動を起こしていない。
白馬の態度からは、明らかな苛立ちが感じ取れた。
「――それはできない。行けば、再び傷つける……」
俺は、怖かったのだ。
翳の表情が凍り付き、今度こそ砕けてしまう気がして。
だが、この男が、そんな甘えた理屈を許すはずもなかった。
「何言ってんのお前」
口調こそ穏やかだが、そこに籠められた鋭さは隠しようがない。
失望の色を瞳に濃く表しながら、皮肉な笑みを浮かべて低く呟きを漏らす。
「やっぱあの時……俺のものにすれば良かった」
「……どういう、ことだ」
色めき立つ俺を眺めやる白馬の表情が、どこか愉しげに見えるほどはっきりと歪み。
「どういうことも、こういうこともねぇよ――」
後に続く台詞が、白馬の唇から紡がれた瞬間。
激昂した俺は、その顎に、怒りのみに任せた拳を叩き込んでいた。
長身が一瞬、浮き上がるように大きく揺らぎ、砂浜に尻餅をつく形で倒れる。
「……もう一度……もう一度言ってみろッ!!」
固めた右の拳が、小刻みに震えるのがわかった。
怒りはなおも収まらず、そのまま空いた左手で白馬の胸倉を掴む。
「誰の所為だと思ってんだ」
まるで、冷水の如き一言。
口の端から血を滴らせて、白馬が俺を睨みつける。
「あの人を傷つけたお前に、俺を責める資格があるとでも?」
「……黙れ」
強く奥歯を噛み締める俺に向けられた、冷然たる嘲笑。
「ただ吼えるだけ、か? “虎”の名が泣くな……」
「黙れ……ッ!!」
胸倉を掴む左腕に力を籠め、右拳を再び大きく振り上げる。
しかし、震える拳はぴたりと止まったまま、その場から動くことはなかった。
「……腑抜けが」
鼻でせせら笑いながら、「離せよ」と低く言い放つ。
俺がとうとう手を離すと、白馬は立ち上がり、服の埃を丁寧に払ってから、こちらに見下すような視線を向けた。
「俺を殴る暇があるんだったら、せいぜい無い牙でも研いでおけ。
悪い王子からお姫様を護れるようにな……」
それだけ言い残し、まるきり興味を失った様子で踵を返す。
白馬の姿が完全に見えなくなるまで、俺は、ただ立ち尽くすことしかできなかった。
「……っ!!」
その場に崩れるように座り込み、苛立ちのまま拳を砂浜に向けて振り下ろす。
指をどんなに大きく広げても、手に掴めるのは乾いた砂の粒ばかり。
やがては、それすらも指の隙間から零れ落ちていく。
淡い想いも、自らへの誓いも、友情も。怒りさえ。
何一つ、俺の手に残るものは無い――
【♪truth〔05 mix〕/吉良知彦 from ZABADAK】