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連作のSS(サイドストーリー)、全10話。
時間軸としては3月初旬を想定。
重めの内容で、若干のアンオフィ成分を含む可能性があるため
ご覧になる際はその旨をご了承下さいませ。
なお、作中にご登場頂いた他PL様のPC、NPCについては
PL様ご本人より事前に許可を頂いております。
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〔承前〕
【I wish... ―誓い】
「突然に押しかけてしまって、すまないな」
通された座敷で、勧められるまま座布団に腰を下ろした後。
盆を手にする円に向けて、俺は開口一番、唐突な訪問に対する非礼を詫びた。
昨夜のメールで来意は告げたものの、何かと忙しいであろうこの時期に、個人的な事情で時間を取らせるのは、やはり心苦しいものがある。
「大丈夫。……話があるんだろ?」
卓に茶菓子を置き、俺に茶を勧めた後、向かい側に座った円が言う。
ああ、と短く頷いてから、俺は早々に話を切り出した。
「一つ、頼みたいことがあるんだ――」
今回の経緯を、俺は包み隠さず円に話した。
亡くなった伯父の親友であり、かつて渕埼流の師範代であった渡瀬のこと。
渡瀬が能力者として目覚めた後に死亡し、リビングデッドとして蘇ったこと。
彼が暴力事件を起こして渕埼流を破門となり、道場を去ったこと。
昨日、渡瀬が俺の前に現れ、一戦を交えたこと。
渡瀬をこの世に縛ったものは、遠い昔に伯父と交わした再戦の約束であったこと。
彼が亡き親友の姿を血縁の俺に重ね、俺を伯父の代わりとして戦おうとしていること。
さらに、渡瀬が伯父たちや俺の両親の死の原因を世界結界にあると決め付け、結界の破壊を目論んでいること。
伯父たちや父のように若死にしたくなければ自分に協力しろと、俺に詰め寄ったこと。
俺がそれを拒絶したため、渡瀬との溝が決定的になったこと。
そして――明日の朝、渡瀬との戦いに赴くこと。
一人の人間として、武術家として。敬愛する彼のため、あえて一対一で挑もうと決めたこと。
決して命を捨てるつもりはないけれど、おそらくは無茶な戦いになるということ。
話がそこに至ったところで、それまで黙って聞いていた円が初めて口を開いた。
「――それで、頼みたいことっていうのは……」
「万一の時のフォローを、お願いしたいんだ」
真っ直ぐに円の目を見て、迷わず言葉を返す。
誤解を与えないよう、俺は間をおかず後を続けた。
「相手は強い。負けるつもりはないが、必ず勝てるとも限らない」
「……」
「だが、仮に勝てなかったとしても、俺は決して死ぬわけにはいかない。その時は――何としても生き延びて、能力者としての再戦で決着をつける」
かつての俺は、戦いの中で命を失うことになっても、己の命で誰かを救えるのなら良いと考えていた。
それが都合良く格好をつけただけの、自らの人生に向き合わずに逃げている者の理屈だと――そう気付かせてくれたのは、他ならぬ円だ。
今の俺は、己が傷つくことで心を痛める人がいることを知っている。
俺が死ねば、その人たちに取り返しのつかない傷を与えてしまうだろう。
だから。何が起ころうとも、最後まで生きる事を諦めないと心に刻んだ。
死なないまでも、自ら危険な戦いに身を投じれば、俺を案じる人たちにも痛みを与えてしまうとも知っている――けれど。
「武術家として、一対一の戦いに拘るのは俺の我が侭だ。それでも……父親代わりでもあった彼に報いる方法は、これしか思いつかなかった」
彼が武術家であり、俺もまた武術家であるならば。
互いの想いを伝えるのは言葉でなく、それぞれの拳だけだ。
「話すことで要らぬ心配をかけるのでは、とも思った。……だけど、円には、どうしても話しておきたかったんだ」
渡瀬と戦うことを決めた時。思い出したのは、重ねられた掌の熱。
服の裾を掴む手と、いなくならないでと告げられた言葉。
あの時、どこにも行かないと、俺は誓ったのだから。
何も告げずに戦いへ赴くのは、黙っていなくなるのと同じくらい――彼女に対する裏切りと思えた。
「決して己の命を投げ捨てるような真似はしない、約束する。そのために……俺に力を貸して欲しい」
膝の上で両の拳を握り締め、偽りのない想いを口にする。
全てを語り終えた俺に、円が穏やかに口を開いた。
「――話してくれて、ありがとう」
微笑みの中に凛とした芯の強さを秘めて、円が言葉を紡ぐ。
「それが寅靖の望みなら、私は止めない。全力で、力を貸すよ」
「ありがとう――」
心からの礼とともに、俺の表情が自然と綻ぶ。
もう、俺は独りではないのだから。
負けはしない――決して。
〔続く〕