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連作のSS(サイドストーリー)、全10話。
時間軸としては3月初旬を想定。
重めの内容で、若干のアンオフィ成分を含む可能性があるため
ご覧になる際はその旨をご了承下さいませ。
なお、作中にご登場頂いた他PL様のPC、NPCについては
PL様ご本人より事前に許可を頂いております。
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〔承前〕
【Calling ―繋がる糸】
灯りを落とした道場で、俺は一人無言で座していた。
考え事をするには、道場の空気は都合が良い。
幼少の頃からずっと立ち続けていた、板の床の冷えた感触。
学校の制服よりも、長く親しんできた道着の肌触り。
それらが俺の心を落ち着かせ、感覚を研ぎ澄ましていく。
渡瀬との戦いは、もう避けられない。
15年以上もの長い間、力を蓄えてきたリビングデッドであり。
かつて渕埼流の師範代として、卓越した技量を誇った武術家である彼。
問題は、どのようにして勝つか。
力も技も、経験も。全てにおいて、渡瀬は俺を大きく上回る。
まともに一対一でぶつかれば、勝ち目は殆ど無い。
それが『リビングデッド』と『能力者』の戦いなら。
だが、『武術家』同士の戦いに持ち込むのであれば――あるいは。
彼を執念から解放するためには、もとより方法は一つしかないのだ。
この戦いは、俺が生きてきた20年余りの全てを賭けたものになるだろう。
負けるわけにはいかない。
そして、ここで命を落とすわけにもいかない。
決意を胸に、俺は覚悟を決める。
携帯電話の着信音が鳴ったのは、そんな時だった。
『能力者』としてゴースト退治に携わる以上、連絡の手段は常に持っていなければならない。
それで、道場にも携帯電話を持っていったのだったが――マナーモードにするのを忘れていたあたり、やはり今日は落ち着きを欠いていたらしい。
祖父がこの場にいたら、さぞ怒ったことだろうなと思いながら、電話を取る。
「もしもし――堤か? こんな時間に珍しいな」
電話の相手は、運命予報士・堤典杏(つつみ・のりあ)。
友人である掛葉木いちる、はたるの双子らの一族に連なる者でもある彼女とは、幾つかの依頼を経て既に旧知の間柄だ。
それでも、このような夜遅く、俺個人にあてて連絡をすることは今までなかったので――何かあったのだろうと思い、先を促す。
「――急ぎなら、モーラットの捕獲とか可愛い話ではないのだろうな」
『お察しの通りです。しかも、この度の運命予報――中心にいるのは渕埼先輩、貴方です』
押し殺したような堤の声が、かえって俺を冷静にさせた。
あえて冗談めかして、軽い口調で言葉を返す。
「俺が見知った顔のリビングデッドでも襲ってくるのか?」
『……ご存知だったのですか』
「さっき、会ってきたばかりだからな。顔見せ程度だが」
要らぬ心配をかけぬよう、首の傷については触れずに先刻の一件を話す。
それでも、続く堤の声は明らかに憂いを帯びていた。
『そうですか……申し訳ありません。もう少し早くお伝えしていれば』
「堤が謝ることはないよ、もとはこちらの身内だ」
『ですが……』
「まずは話を聞こうか。大体のことは知っているが、予報でしか得られない情報もあるだろうから」
堤が語った内容は、大半が俺が知ることと大きな違いはなかった。
収穫としては、渡瀬が持つ能力の詳細――白虎拳士に似た力を有するらしい――と、もう一つ。
渡瀬が共に暮らしているらしい、一人の女性の存在だった。
年齢は三十代の半ば。夫とは数年前に死別しており、子供はいない。
現在、渡瀬はその女性のアパートで暮らしているということだが、籍は入れていないらしい。いわゆる内縁の妻だ。
「……その女性とは、一緒に暮らして長いのか?」
『そろそろ二ヶ月、といったところでしょうか』
リビングデッドが他者と暮らすのは、その殆どが血肉を得るための手段としてだ。
たとえ、他に理由があるのだとしても――最後に待つのは、糧として喰われる未来でしかない。
「今日、明日に、女性の命が奪われるということは?」
『それは無いと思います。長い年月を経たリビングデッドとしては驚くことですが――彼はまだ、幾許かの理性を残しているようですから』
「そうか、それなら良かった。……情報ありがとう、助かったよ」
そう言って話を打ち切ろうとした俺に対し、堤がやや慌てたように声を上げる。
『――まさか、お一人で戦いに行かれるつもりですか』
「渡瀬の狙いはわかっている。それしか道が無いのなら、戦うのは俺の他にありえない」
電話のスピーカーから、絶句した堤が息を呑むのが伝わってくる。
それでも彼女は、俺が電話を切る隙だけは与えなかった。
『あまりに無謀すぎます。せめて、人数を集めてから対策を――』
「俺が死ぬ場面を、予報で視たか?」
『え?』
「運命予報で俺の死をはっきり視たのかと――そう、訊いているんだ」
『……』
この期に及んで、それが卑怯な問いであることはわかっている。
ただ、俺も引き下がるつもりは毛頭なかった。
「能力者として数に頼った戦いでは、リビングデッドの彼を滅ぼすことは出来ても、武術家の彼を満たすことは出来ない」
沈黙を返す堤へと向けて、俺は言葉を続ける。
「能力者としてでなく、武術家として。俺は彼が望む戦いをしたいと思う。ただ――」
『……ただ?』
「俺は命を捨てに行くつもりはない。決して死ぬわけには、いかないんだ」
それは、もう一つの譲れない誓い。
たとえ何が起ころうとも、どんな死地に追い込まれようと、俺は必ず戻る。
どこにも行かないと――そう、約束したのだから。
「だから、君が俺の死を視たというのなら――俺は君の言葉に従おう」
しばしの沈黙の後、堤が低い声で返答を告げる。
『……視ては、いません』
この瞬間、俺のなすべきことは決まった。
小さく息をつき、卑怯な問いで追い詰めたことを詫びる。
「辛い思いをさせてしまったな――すまない、有難う」
『そう決められたのでしたら、何も申し上げません。ですが……万一の事態を防ぐため、掛葉木先輩に要請して現場近くに待機していただきます。よろしいですね』
有無を言わせぬ調子で語られた言葉は、彼女に出来る最大限の譲歩だったのだろう。
俺も、それに対して異論を唱えるつもりはなかった。
「手間をかけるな。こちらも一人、バックアップを頼んでみるよ」
『承知しました。また明日の夜、連絡致します』
通話を終えた後、別の宛先に一本のメールを打って送信する。
返信が届いたのは、道場を出て部屋に戻った時だった。
〔続く〕