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(株)トミーウォーカーのPlay By Web『SilverRain』『無限のファンタジア』のキャラクター達の共用ブログ。
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2024/11/23 (Sat)

エイプリルフールの仮想設定における連作SSです。
 詳細は
こちら

〔承前〕

【The Landing ―戻れない道】

舟が動き出すと、海に見えた水面は、むしろ河に近いように思えた。
星の輝きが生み出す流れの中を、銀の舟が音も無く進む。
ふと遠くを見れば、俺が知るどの国にも似ていない、しかし輝くばかりに美しい都市が、蜃気楼のように浮かんでは消えていった。

舟の舳先には、瑠璃色の硝子で作られたランプ。
銀にも白にも見える渡し守の面が、うっすらと透けるように青い。
その仮面の奥からは、人の気配というものが全く感じられなかった。

「……荒唐無稽の伝説では、無かったのだな」

思わず漏れた呟きは、銀の櫂を操る渡し守の耳にも届いたようだ。
其れは俺の存在が、か? ――と問い返す。

「……此の通り、現実と夢幻の間(あわい)を永劫揺蕩う者さ。森羅万象の楔と軛とが朽ち尽きぬ限り在り続けさせられる、只人の業の見届け役とも言う」

無機質な声が紡ぐ言葉は、俺の胸を微かに突いた。
自嘲が、唇を僅かに歪ませる。

「……そう、か。そう言われてしまうと些か耳が痛いな」

伏せかけた視線を戻し、俺は仮面の渡し守を真っ直ぐに見た。

「俺のように戻らぬ過去に固執し続ける者がいる限り、主殿は在らねばならぬのだろう?」

「そういう事になるか。昨日までも、今日も、そして明日の先も永劫、此の舟の上に在る身」

それは真実なのだろう。この世に、人が存在する限りは。
人の業は無限に生まれ続け、うち幾つかは戻らぬ過去を求めて此処へと辿り着く。
これからも、ずっと。

「……辛い役目を負わせてしまうな」

俺ならば、到底耐えられまい。
どんな苦しみもいつか終わると信じたからこそ、ここまで進んで来れたのだ。
永劫に続くとなれば、とうに正気を失っていただろう。

「さあ、どうだか。俺にとっては連れて行くだけ、そして連れ帰る事も在るだけでしかない」

対する渡し守は、些かも揺らがずに答える。
彼は言う。辛いも哀しいも俺には意味を為さぬ事。
此の道行が俺の業、ただ其れだけの話――と。


「そうか。では今からの話は俺の独り事だ。聞き流してくれ」

渡し守の淡々とした態度が、却って俺をいつになく饒舌にさせたようだ。
この期に及んで、自分語りなど何の意味もありはしないのに。
言葉を持たぬ相棒しか知りえなかった事を、俺は初めて口にしようとしている。

「見ての通り、俺も戻らぬ過去に縛られ改変を求めた人間の一人だ。闇の世で散々他人の未来を奪っておきながら何を言うかと死者達に哂われるだろうよ」

俺は自分の手で殺した人間の数を覚えている。その名前も、全て。
金と引き換えに他人の命を遣り取りするなどという、吐き気がするほど腐った行いを、俺は自らの願いを叶える手段として選んだ。

「……それでも、変えたかったのさ。その為に、闇の世で生き続けた。この手を血に染めて」

殺めた数多の命は、俺が夢に賭けた血塗れのチップであり。
同時に、揺るがぬ罪の証でもある。
死後の世界が実在するなら、地獄行きは避けられまい。
――それも、覚悟の上だった。

ユエが、不意にスーツの裾を掴む。
無意識に、拳を強く握り締めていたのだった。

「探し続けた。あの畔を。今請けている仕事を最後に残りの人生全てを注ぎ込んででも、な。……だが」

そこまで言って、肩の力を少しだけ抜く。
仕事の途中であったことを、今更思い出した自分が少し可笑しかった。

「その仕事も放り出して来てしまったよ。……あのネットにあった話が本当だったとは」

この世ならざる、時の狭間の流れに浮かんでいる所為だろうか。
つい数時間前のことだというのに、もう何年も前のような気がする。


暫しの沈黙の後、ふと疑問が浮かんだ。

「一つ、尋ねても構わないか」
「返答の出来得る事ならば」
「――主殿が対価を求める理由を」

365日分の命を何に用いるのか、急に興味が湧いたのだ。
知ったとしても、意味の無い事ではあったが。

「――誰も得などしない。貴方も、俺も」

幾ら寿命最後の、とはいえ生きとし生ける者等の一年分の生命は甚大な力が満ちる。
それだけの力を全て注ぎ込まねば、過去を遡り引き寄せる禁忌を起こす事なぞ叶わぬ。
故に此の舟に乗ってしまえば、例え変えねども、命は一年、否応無しに磨り減る――それが、渡し守の答えだった。

対価となる寿命は、そのものが時を渡る舟の燃料というわけだ。
自然の摂理に逆行して時の河を上るのだから、命を懸けろというのは理屈として納得がいく。

「……構わないよ、もう俺にとっては磨り減ろうが悔いも心残りも無いのだから」

支払う側はそれで良いかもしれないが、いわば燃料代のみで舟を動かすのだから、渡し守はとんだタダ働きだな、と身も蓋もないことを考える。
全ての決着を目前にして、少し余裕が出てきたのかもしれない。

「――そろそろだ、“客人”」

俺の罰当たりな思考は、渡し守の声で打ち切られた。
周囲の変化に気付き、表情が自然と引き締まる。
次第に星の輝きが失せて、海の深さも浅くなってきたようだ。
やがて、銀の舟が止まる。

「俺が連れ行けるは此処迄だ。……此の先へ踏み込むは“客人”本人しか許されぬ」

俺の正面に、ひたすらに続く一本道が見えた。
星海の畔に辿り着くまでに通った、あの道に似ている。

「此の先を唯真っ直ぐに歩かれよ。直ぐに分かる。――其の瞬間は、其処に在る」

一つ頷き、ユエを伴って舟から降りる。
およそ色彩というものが存在しない、モノクロームの岸辺。
霞の如く地面の感覚に乏しい道を歩き始めてすぐに、ぱちり、と背後で小さな音が響いた。

振り返った先で、渡し守が仮面に手をかけ、その素顔を露にする。
まだ幼さの残る少年の顔には、どこか見覚えがあった。
遠い記憶の中に。或いは鏡の中に――。

それらの面影が焦点を結び、少年に重なる。
刹那、愕然とした。

ようやく思い至ったのだ。
確かに知っているはずの、その顔に。
とうとう出会うことのなかった、その顔に。

迷わぬと決めた筈の心に、幾つもの波が打ち寄せる。
果たして後悔か、或いは……。
己の動揺の正体を暴くことなく、俺は再び渡し守へ背を向けた。
全ての未練を断ち切るべく、眼前に在るただ一つの道を行く。

もう、後ろを振り向くことは許されないのだ。
俺が選ぶことの出来なかった、その道を。

「願わくば、“客人”が後悔せぬ選択で在らん――在らん事を」

――“お父さん”。

背中越しに囁かれた掠れ声。
渡し守は確かに、俺をそう呼んだ。

ああ、お前はここに居たんだな。
俺が守れなかったばかりに、この世に生まれ出る事も出来ず。
俺の業に縛られ、時の狭間に閉じ込められて。
それでも、俺を父と呼んでくれるのか。

今更、赦してくれなどとは言わない。
言えるはずが、ない。

俺はお前を斬り捨てたのだから。
お前の母さんを救うために、今度はお前を無に帰そうというのだから――。

〔続く〕
 

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