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(株)トミーウォーカーのPlay By Web『SilverRain』『無限のファンタジア』のキャラクター達の共用ブログ。
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2024/11/23 (Sat)

普段、我が家では俺が台所に立つことが殆どだ。
古くより『男子厨房に入らず』という言葉もあるが、何せ男子しか居ないのだから、四の五の言ってもいられない。

俺は別段料理が好きというわけではないが、かといって嫌いでもなく。
むしろ好き嫌いの次元を超え、それはごく日常の営みとして存在しているように思う。

その日の学校帰り、俺はいつもの如く、近所の商店街で夕飯の買出しを行っていた。
必要なものを買い揃え、買い物袋を提げて帰路につこうとした時、道端の人だかりと、その向こうから響いてくる怒鳴り声に気付く。

「何かあったんですか」
野次馬に声をかけると、人の良さそうな中年の婦人が振り返り、簡単に事情を告げてくれた。
「バイクが突っ込んできて、子供を轢きそうになったらしいのよ。
 それでバイクに傷がついたとかで、女の子が絡まれててねえ」
「女の子……」
「何だか喋り方も変わってるし、外国の子かしらね。可哀想に」

婦人の口から紡がれる断片的な特徴が、俺の脳裏に、一人の娘の姿を浮かび上がらせる。

「――失礼」
咄嗟に人ごみを掻き分け、ようやく開けた視界の先。
確かに見覚えのある後姿が、いかにも粗暴そうな若い男に罵声を浴びせられていた。

「聞こえねェんだよ、ボケっ! はっきり喋れよ――!」

聞くに堪えない暴言に内心で怒りを覚えながら、人垣から真っ直ぐ娘のもとへと歩み寄る。
「……蓬琳」
名を呼ぶと、長い黒髪の娘――蓬琳(ホウリン)は、若干驚いたような表情で俺を見た。
怪我の具合を訊ね、同時に、ざっと視線を全身に巡らせる。
擦り傷や汚れ、打撲はあれど、目立った出血や骨折は見当たらない。

「寅靖……。平気……デス。
 ……足捻る、しただけ……動く、支障ない……デス」

訥々とした口調は普段通りで、声からも力は失われていない。
挫いた足や擦り傷には手当てが必要だろうが、いずれも“能力者”の自己治癒力の限界を越えることはないだろう。
ひとまず安堵したところに、男の怒声が背中越しに響く。

人が怪我をしたことより、バイクが傷ついたことの方が重要だと言わんばかりのその態度に、俺の忍耐は早くも限界を迎えつつあった。
蓬琳の性格を考えれば、この生真面目な娘が交通ルールを破って道路に飛び出すとは考えづらい。

「この娘は足を挫いて怪我をしたそうだが……。
 歩行者を無視して突っ込んできた側の責任はどう取るつもりだ」

殊更にゆっくり振り返ったのは、何も勿体をつけたわけではない。
気を抜くと、この男の顎を砕いてやりたい衝動に駆られそうだったので、些か己の気を鎮める時間を必要としたからだ。
暴力的な憤りを押し殺した視線が、バイクの男を真っ直ぐに射抜く。

「そちらはバイクが傷ついた、こちらは足が傷ついた。
 痛みの対価としては充分だろう」

仮に、もしそれ以上を望むのなら。
幼い娘を相手に、恐喝紛いの真似しかできぬ卑劣漢を相手に遠慮をする理由などない。
出るところに出て、しかるべき対応を取らせてもらう。

――それでもよろしいか、と低く言い放つと、バイクの男は流石に劣勢を悟ったか、捨て台詞とともに走り去っていった。

「……寅靖、どうも……デス」
「気にするな。それより手当てが先だ」

ぽつりと礼を述べる蓬琳の傍らに屈み、道路に散らばったものを拾い集める。
おそらく、この娘も買出しの帰り道であったのだろう。いずれも、食料品だった。
といっても生鮮食品は一つもなく、全て同一の固形栄養食品である。

蓬琳は単身で留学してきた身であり、日本では一人暮らしだと聞いていた。
それにしても、まさかこんなものを主食に生きているのだろうか。
内心で眉を顰めつつも、蓬琳から受け取った空の袋にそれらを詰めていく。
瞬く間に、袋は大量の固形栄養食品で満杯となった。

自分の分と合わせて二つの袋を腕に提げ直し、屈んだまま蓬琳に背を向ける。
おぶされ、と告げると、初めのうち、小さな娘はたどたどしく謝絶の意を示したが、俺が意思を曲げないと悟って諦めたか、やがて、遠慮がちに腕を回してきた。

「しっかりつかまってないと落ちるぞ」
「……こ、う……か?」
「ああ、それでいい」

きゅ、と腕に力が加わったことを確認した後、蓬琳の足を抱えながらそっと立ち上がる。
そのまま人の波を縫うように、俺は蓬琳を背負って歩き出した。
背中越しに感じる存在は、まるで羽根のように軽い。
この小さな身体が、自らの丈ほどもある槍を携えてゴーストと戦うのだ。
果敢に。懸命に。――時には、悲壮に。

「……寅靖、……何処行く……デス、か?」

少し歩いた先で、蓬琳がぽつりと問う。
自宅と別の方向に進んでいることを気にかけたのか、言葉の端々からは僅かな戸惑いが滲んでいた。

「――とりあえず、俺の家に行こうか」

まずは傷の手当てを済ませなければいけないし、体重の異様な軽さも相まって、この娘の食生活が少々気掛りでもある。
首を廻らせ、少しでも安心させようと笑いかけてやったところ、背後で小さく頷く気配がした。

「……ぽかぽか……デス」

ふと発せられた蓬琳の呟きに、少々のくすぐったさを覚えて前へ向き直る。
見上げた夕焼けの空は、どこか、いつもより暖かく感じられた。

〔続く〕

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