長い間、私はずっと、独りで生きていけると信じていた。
他人の助けを欲しがるのは甘えだと、そう思っていた。
やがて、それが間違いだったと気付いた頃。
私はまた、独りに戻っていた。
「……っ!」
飛び起きた時、そこは見慣れたマンションの自室だった。
越してきて二ヶ月が過ぎても、ほとんど物が増えない部屋。
生活に必要な最低限の小物と僅かな衣類の他には、小さな机と、今包まっている一枚の毛布だけ。
私にとって当たり前のその事実が、何故か、とても寒々しいものに思える。
――久しぶりに、昔の夢を見た。
思い出すたび、懐かしさと、暖かさと、申し訳なさと、後悔と。
感情がぐるぐると渦を巻いた後は、決まって、空っぽになるまで打ちのめされる。
かつて、私のそばに居てくれた人。
もう、この世のどこにも居ない人。
遺された表情が、言葉が、温もりが。
記憶の中で、痛いほどに眩しい。
軽く鼻をすすりながら、手探りでティッシュの箱を探す。
声を上げて泣くことができれば、少しは気が済んだかもしれない。
でも、隣の部屋に泣き声が聞こえたらと思うと、それもできなかった。
二、三度、強く鼻をかむ。
涙なんて、鼻水と一緒に全部流れてしまえばいい。
そんな、少し間の抜けた願いも空しく、涙はしばらく止まらなかった。
目の周りと、鼻の奥が痛い。
時計の針はまだ、真夜中の時刻を指していて。
それなのに、眠気はどこか遠くに行ったきりだ。
少し、外の空気でも吸ってこようか。
あまりに眠れないなら、いっそ独りで“ゴーストタウン”に行くのもいいかもしれない。
何も考えずに体を動かせば、少しは気が紛れるだろう。
顔を洗い、着替えて身支度を整える。
自分でも呆れるくらい、出かける前の準備には時間がかからない。
女の子なら、きっと、もう少し気を遣うのが普通なんだろうと思う。
――そう、女の子なら……。
そこまで考えて、また、鼻の奥が痛くなった。
私を“女の子”と呼んでくれたのは、あの人が初めてだったから。
再び、そんな人を失ってしまうくらいなら。
もう二度と、“女の子”になんか、ならなくたっていい。
「あれ、玲ちゃん? ドコかおでかけネ?」
マンションのロビーを通り抜けようとした、その時。
ソファに座る人影が、小首を傾げて私に声をかけてきた。
『吊下 骸』――同じマンションに住む、私の友達。
名前は、おそらく偽名。
その裏には事情があるのだろうけど、軽々しくは訊けない。
オレンジ色の大きな瞳と、深い藍の髪。
トレードマークは、真っ白なフードパーカーに赤のマフラー。
――雨の中、晴れ空を願って佇む、てるてる坊主。
だから、私は彼女を“てる子さん”と呼んでいた。
「……てる子さんこそ、こんな時間にどうしたの」
「エヘヘ、何だか眠れなくて。玲ちゃんも?」
「うん……」
色の白い顔を縁取る眼鏡越しに、屈託の無い笑顔がのぞく。
薄暗い闇の中で、それは、仄かな灯りのように暖かい。
ゴーストタウンに向かうはずの足は、いつしか、彼女へと歩み寄っていた。
「――隣、座ってもいい?」
「勿論なのネ! あ、いま玲ちゃんのお茶も入れるヨ!」
「ありがとう……」
そうやって、私は彼女が入れてくれたお茶を飲み。
彼女とふたり、他愛の無い話題で夜通し語り明かした。
おかげで私は風邪を引き、これからしばらくの期間、まるで動けなくなる羽目に陥ったのだけれど。
それでも――
この長い夜に、出会えたことが嬉しかった。
闇に独りで融けることなく、他の誰かの存在を感じられたのが心強かった。
二人で迎えた夜明けが、泣きたいくらいに暖かかった。
独りでない世界は、こんなにも愛しい。
だから。これが、儚い祈りに過ぎないのだとしても。
私は足掻き、戦うだろう。
いつか、地に伏し果てる、その時まで。
それは。
一番長い夜に誓った――ささやかで、小さな願い。