※エイプリルフールの仮想設定における連作SSです。
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〔承前〕
【The Wertiger's Dream ―求める男】
「……これも空振り、か」
プリントアウトした資料をデスクに放り出し、椅子に身を沈めて天を仰ぐ。
仕事を終えて自分のマンションに帰宅してから、ずっと書斎に篭って目的の情報を探していたのだが、殆ど成果は上げられなかった。
失望の溜め息を漏らし、疲れた目を閉じて思案にふける。
やはり、国内では限界があるだろうか。
仕事から足を洗って探索に専念できれば、その方が確実には違いないのだが――世界中に行動範囲を拡げるとなると、まだ資金面で若干の不安が残る。
あと、仕事を何回かこなせば、それも解決できるだろうか。
頭の中で計算を始めた時、電話が鳴った。
受話器を取り、「もしもし」と電話の主へと呼びかける。
仕事用の専用回線で、この番号を知る者はごく僅かしかいないが、稼業が稼業であるから、細心の注意を払う必要があった。
会話に幾つかのパターンのキーワードを混ぜることで、本人確認を行うのである。
合言葉のやりとりは滞りなく進み、相手が馴染みの斡旋屋と確かめる。
『――仕事だ、“人虎”』
“人虎”――『レンフー』または『ヴェアティーゲル』とも呼ばれる――それが、俺の裏社会での名だった。
普段は人の姿で社会に潜み、ターゲットが気付かぬ間に近付いて人食いの虎と化す。そういう意味でつけられた二つ名であるらしい。
「ターゲットは? 誰を殺る」
『今から送る。なかなかの大物だぜ、これは』
「大物だとか小物だとか御託はいい、俺にとっては報酬の違いでしかない」
『はっ、相変わらずつまらん野郎だね。今回はそっちの意味でも桁違いだ、心配するなよ』
斡旋屋の軽口と同時に、仕事の詳細を記したメールが届いた。
その内容を確認しながら、僅かに口元を歪める。
「……ほう、確かに大物だな」
ターゲットは、とある大企業のトップだった。
『ジャックカンパニー』という、一風変わった名を持つこの会社は、常識外れの速度で業績を伸ばし続けており、今や財界を牛耳る存在と言っても過言ではない。
しかし、その実態には謎が多く、黒い噂が付きまとっているのも確かだった。
なにしろ、まだ20歳の若手実業家が何の後ろ盾もなく立ち上げた企業だ。
それが一年足らずでここまで登りつめたのだから、裏側で相当強引な手段を用いただろうことは深く考えずとも想像がつく。おそらく、あちこちで恨みも買っているだろう。
この弱冠20歳の天才実業家が、俺の最後のターゲットというわけだ。
斡旋屋の言葉に嘘はなく、報酬は今までと段違いに多い。
成功すれば、二度と資金難に苦しむことはないだろう。俺の目的にも、大きく近付くことになる。
「条件に不足はないな、引き受けよう」
『はん、断るなんてハナから思ってねえよ。それじゃ、任せたぜ』
電話を切った後、ターゲットの情報を眺めて腕組みする。
――これが最後の仕事、か。
あと一滴、この手に他人の流す血が加わる。それで終わりだ。
そうすれば、ようやく回り道をやめて真っ直ぐ走ることが出来る。
幾多の罪と引き換えに選んだ、この道を。
〔続く〕