「――わざわざ呼び出して、何の用だ?」
この日の午後。
俺は自宅の離れに位置する道場で、“あいつ”と向かい合っていた。
床に立つ裸足の裏に、冷たい板張りの感触が伝わる。
「一つ、確かめてもらおうと思ってな。俺が、牙の無い虎かどうかを」
「やれやれ……お前も根に持つね」
軽い口調で肩を竦めつつも、そこに茶化すような気配はない。
“あいつ”の目を真っ直ぐに見据え、俺は言葉を続けた。
「腑抜けに、彩虹を任せるわけにはいかんだろう?」
鋭さを孕んだ空気が、互いの間に張り詰める。
僅かな沈黙の後、“あいつ”は上着を脱ぎ捨て、腰を落とすように構えた。
「……そうだな」
短い睨み合いの後、先に動いたのは“あいつ”だった。
勢いよく距離を詰め、長身の間合いを生かして蹴りを放つ。
真っ向から受け止めた腕に走る、重い衝撃。
その場に踏みとどまった瞬間、互いの視線が交錯した。
“あいつ”が体勢を立て直した一瞬の隙をつき、フェイントを交えて側面に滑り込む。
反射的に伸びた左腕を取り、その関節を極めながら、押さえ込むように床へと倒した。
伸びきった肘から伝わる、確かな手応え。
ややあって、“あいつ”の右手が二度、床を軽く叩いた。
「――降参だ」
俺が腕を離した後、左肘を軽くさすりながら“あいつ”が立つ。
本気で極めやがって、と軽い悪態に続いて、低い呟きがこぼれた。
「悪い王子は、退治されました……めでたし、か」
あの日、“あいつ”と砂浜で交わしたやり取り。
それが下らない意地に過ぎないのだとしても、けじめはつけておきたかった。
「……世話をかけたな」
「わかってんなら、言うなよ……」
溜め息混じりに、脱いだ上着を拾い上げる“あいつ”を眺め。
その名前が、自然と俺の口をついて出る。
「――旋」
「宜しく頼むぜ……騎士様」
ぽん、と俺の肩を軽く叩き。
そして、“あいつ”はゆっくりと踵を返した。
――ありがとう。
その背中を見送り、心の中で謝辞を述べる。
必要なのは言葉ではないと、互いに解っていた。
かつて、同じ想いを同じ場所に寄せた者として。
今もなお、かけがえのない友として。
これが、俺たちの決着だった。
【♪truth〔05 english version〕/吉良知彦 from ZABADAK】