数日が過ぎ、俺は再び墓地を訪れていた。
相変わらず一帯は静かで、響く蝉の声も心なしか遠い。
“彼”の眠る墓もまた、先日とまったく変わらぬ佇まいを見せていた。
違うのは、此処にいるのが俺一人ではない、ということ。
今、俺の傍らには、彩虹がいる。
“彼”の命日であるこの日、俺は彩虹と待ち合わせて墓参りに来た。
既に一周忌の法要は済んでいたが、お互い“彼”には伝えることがある。
墓前に報告を行うとしたら、それは、今日をおいて他に考えられなかった。
線香の細い煙が幾筋か昇っていく中、これまでのことを振り返る。
彩虹が俺を訪ねたあの日、俺の左肩から現れた“彼”の白燐蟲。
おそらくあれは、ゴーストタウンで倒れた夜、傷口から潜り込んでいたのだろう。
体内にあった“彼”の蟲が、俺にどんな影響を及ぼしていたのか。
それは、まったく想像の域を出ない。
闇に不吉な輝きを放つ、妖獣の赤い双眸。
――銀ではなく、漆黒の瞳を揺らして、駆け寄る彩虹の姿。
死の淵で俺が見たものは、単なる幻に過ぎなかったかもしれず。
彩虹が自らを沈めようとした夜、俺があの海に辿り着いたのは偶然かもしれない。
ただ、“彼”が彩虹と、俺をずっと見守っていたということ。
この一点だけは、間違いないように思えた。
両手を合わせ、心の中で礼を述べるとともに、改めて“彼”の冥福を祈る。
――ありがとうございました……。
その先は、うまく言葉にできなかった。
長い黙祷を終え、瞼を開いた先に、こちらを窺う彩虹の顔が映る。
そろそろ行きましょうか、という声に腰を上げかけた時、墓石に白金の指輪が供えられていることに気付いた。
はっとして、彩虹の左手に視線を移す。
初めて会った時から、ずっと薬指にあったはずの指輪は、もう見当たらない。
俺の表情を見て、彩虹はただ、黙って微笑んでいた。
「――行こう」
立ち上がり、二人で墓地を後にする。
“彼”の命が失われた今日は、彩虹が生まれてきた日でもあり。
祈りを済ませた後は、ささやかながら、それを祝うことになっていた。
――誕生日、おめでとう。
語る声は違えど、篭める想いはきっと、変わらないだろう。
俺は今、そう、強く信じている。
命と、心と。
縁は巡り、いつか、環となって。
何処までも果てなく、人は、繋がってゆく……。
【♪駆け抜ける風のように/ZABADAK】
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駆け抜ける風のように 届かない声のように
夏の日の影のように 還らない歌のように
響きあう木々のように こだまする月のように
忘れてた道のように 柔らかい腕のように
生まれ変わる いつかきっと
解りかけた 答え持って
それはたしか 宇宙の中
書かれていたストーリーだから
ずっと探してた 決して動かない星
きっと心には それは光り 映る
どんなに雨が続き どんなに涙ながし
この空が乾いても くちびるが震えても
動かない水のように 消えてゆく花のように
凍えた祈りのように 錆ついた海のように
〔『駆け抜ける風のように』(作詞:小峰公子/作曲:吉良知彦)より引用〕