学園祭が終わった翌日、“ゴーストタウン”に俺たち二人を誘ったのは白馬だった。
目的は例によって楽器の素材集めらしいが、それならば、わざわざ翳まで呼ぶ必要は無いように思える。
まして、白馬本人は「二人でゆっくり来い」と言ったきり、一人で先に進んでしまっていた。
人手が要るにしては、どうにも理解に苦しむ。
「この辺りは、もう安全でしょうか……」
何体目かのゴーストを倒した後、周囲の様子を窺いつつ翳が言う。
今回はいつも狩場としている廃ホテルではなく、県内にある国際センター跡地へと足を踏み入れていた。
俺も翳も、ここを攻略した経験は少なく、その分、慎重にならねばならない。
新手が来ないことを確かめた後、さらに探索を進めようとした、その時。
部屋の奥側に一歩踏み出した翳の足元が、大きく音を立てて崩れた。
咄嗟に伸ばした腕は翳に届いたものの、体勢を崩した俺は、翳もろとも床の崩落に巻き込まれる形となった。
やや強引に身体を捻り、翳を抱え込んだ姿勢で衝撃に備える。
しかし、どうやら俺はとことん運に見放されていたらしい。
落下地点には、瓦礫から真っ直ぐ伸びた一本の鉄筋が待ち構えており。
それは、ガントレットの装甲の隙間を縫うようにして、俺の左腕を貫いた。
「……っ!」
激痛に耐え、些か乱暴に左腕を引き抜く。
当然ながら傷は拡がるが、この際構ってはいられない。
幸い、翳に目立った怪我は無いようである。
これから上に戻る方法を考えなくてはいけないところに、余計な心配は増やしたくなかった。
俺を気遣う翳に「問題ない」と返した後、埃を払いつつ立ち上がる。
瞬間、周囲の至る所から、ゴースト達の禍々しい咆哮が響いた。
トンファーを引き抜いて構え、翳を庇うようにして前に立つ。
右手のトンファーと、左腕のリボルバーガントレットの回転動力炉がそれぞれ唸りを上げる中、俺は周囲へと視線を巡らせていた。
――明らかに、囲まれている。
多勢に無勢のこの状況では、守勢に回るべきではない。
そう判断した俺は、翳にブラストヴォイスでの援護を頼みつつ、ゴーストの群れに向かって駆けた。
美しくも恐ろしい破壊の旋律が流れる中、弱った敵から順にトンファーを叩き込んでいく。
3体目の姿がかき消えた時、横合いから猪に似た妖獣が俺に向かって来るのが見えた。
それをいなそうと動いた刹那、左腕に突き抜けるような激痛が走る。
思わず動きを止めてしまったところに、猪の突撃が俺を直撃した。
床へと叩きつけられて一瞬息が詰まり、遅れて、口腔内に鉄の味が広がる。
どうやら、今の一撃で口の中を切ったらしい。
立ち上がろうと手をついたと同時に、ガントレットの隙間から血が幾筋か流れて落ちていく。
猪は、再び俺に狙いを定めつつあった。
薄暗い闇に浮かび上がる赤い瞳を睨めつけ、立ち上がって構える。
俺の背後には、ブラストヴォイスを歌う翳がいる。
その無防備な姿を、敵の眼前に晒すわけにはいかない。
床を蹴り、一度に距離を詰め、猪の牙をトンファーで弾いたところに左の拳を撃ちこむ。
辛うじて猪は倒せたものの、やはり普段より大分手ごたえが薄い。
思うように動かない腕に苛立ち、俺は舌打ちしながら霧影分身術を発動させた。
俺から流れる血が、赤い霧となって冷えた空気の中に散っていく。
翳の歌声が、不自然に途切れた。
「――歌を止めるなッ!!」
振り返らずに、ただ一声怒鳴る。
まだ、敵は数多く残っていた。
躊躇する暇などない。
僅かな沈黙の後、ブラストヴォイスの歌声が再び流れ出す。
まだだ。まだ、俺は戦える。
頭の奥が痛みに痺れ、自らの血の匂いが鼻につく。
一体たりとも、奴らを通すものか。
少女の姿をしたリビングデッドが、立て続けに青白い雷光を放つ。
1発目は避けたものの、2発目はかわしきれなかった。
体勢を崩した拍子に、がら空きの左背面から、鉤爪を振り上げて襲い掛かる地縛霊の姿が視界の端に映る。
左肩から背中に抜ける、肉の裂ける音と熱い衝撃。
鮮血が、一斉に飛沫をあげた。
【♪風を継ぐ者/ZABADAK】