【※背後より】
『寅靖の祖先が土蜘蛛である』という仮想設定のもとで
忘却期以前の渕埼家の始祖を書いた連作SSです。
(事実とは限りませんし、表でこの設定を用いる事もありません)
これでもかという程に自己満足全開です、予めご了承下さい。
〔承前〕
じゃらり、じゃらりと鎖を引き摺る音が聞こえる。
鎖は、死霊の中でも“死した場所”に縛られるものの特徴。
こういった地縛霊は、この世ならざる空間を作り上げて縄張りとするものも多い。
今しがた、隠青が引きずり込まれたのも、そういった空間であった。
脱出するには、空間を作り上げた地縛霊を滅するより他にない。
この世を恨むあまり己の命すら絶ち、尽きぬ怨念によって多くの人間を道連れにしてきた救われぬ魂。
多くの絶望を糧としたその姿は、人と呼ぶにはあまりに醜悪に過ぎた。
敵の姿は親玉の他にも多数あった。
おそらくは、大元の地縛霊によって道連れにされた自殺者たちの成れの果てだろう。
隠青は戦場をぐるりと見渡し、動き回るに支障はないと判断する。
数歩下がって間合いを取り、深呼吸で大地の息吹をその身へ宿した。
親玉から恨みの力を注がれた死霊たちが、獲物へと殺到する。
不敵な笑みで雑魚どもを睥睨し、隠青は四方へ無数の糸を放った。
土蜘蛛の巣にかかった死霊たちは、いずれも動く力を奪われ、手足を僅かにばたつかせている。
運良く逃れた死霊も居たものの、両手に黒い短刀を閃かせた隠青によって、再び黄泉へと叩き落とされていく。
肉厚の刃は鉈の如く重く、土蜘蛛の膂力が加わったそれは、死霊たちを瞬く間に断ち割った。
「ちっ、鬱陶しい奴らだ」
幾つか数を減らしたといえ、敵の数はまだまだ多い。
糸を用いて動きを封じることは出来たが、同時にそれは自らの異能をも一時的に封じる諸刃の剣。炎を操り、背から蜘蛛の脚を生やすことはできぬ。
加えて、親玉が絶えず死霊たちに力を注いでいる。手間取ることこの上ないが、単独で多勢に囲まれてしまえば終わりだ。ある程度の数に減じるまでは、確実な戦術を取るより他にない。
武器を構え直し、隠青は向かってきた死霊の額を割った。
どれだけの間、戦い続けているだろうか。
そろそろ、息が切れ始めている。全身には傷を負っており、そのうちの幾つかは決して浅くはない。
異能を縛る痛みが収まるたび、大地の息吹で傷を癒してはいたが、その加護もそろそろ尽きそうだった。
しかし、それだけの代償を支払った成果は確実に出ている。
眼前の敵は、親玉と雑魚数体を残すのみ。他は全て、冥府へ叩き返した。
「ふん、頼みの数もこれまでのようだな」
己を鼓舞するが如く、喉から声を絞り出す。
ここまで来たら攻撃あるのみ。蜘蛛の脚で死霊を貫き、駄目押しに短刀を突き入れる。精彩を欠き無様ではあったが、まだ狙いは外さぬ。
戦い抜き、とうとう残るは親玉。
死霊から蜘蛛の脚で掠め取った精は、僅かながらも隠青に戦う力を残している。
封術の痛みもすぐに消えた。
まだだ。まだ、命運は尽きてはおらぬ。
先からの戦いを見る限り、親玉は支援能力こそ高いが、攻撃力はそれ程でもなく、動きも鈍い。
あとは、此奴のみ灰燼へと帰してやれば良いのだ。
この、紅蓮の業火で――。
黒の短刀を握る拳に、赤く燃え盛る炎を纏い。
取り巻きの失せた地縛霊に対して、全力で繰り出す。
その、刹那。
――さくらこ。
地縛霊の口から漏れた昏き声。
それが形どった名を聞き、ほんの僅か動きが遅れる。
命取り、だ。
炎が、死霊の体表を舐める。
同時に放たれた呪詛は、隠青を瞬時に蝕み。
爆ぜるように、全身から血が噴き上げた。
〔続く〕