【※注意!】
掛葉木・いちる君の連作SS『-真夏夜に舞えGhost Dance!!-』内の
とある1エピソードとリンクした話となっておりますが、
元々が、あの事件に関わったメンバーの誰を当て嵌めても良いように
書かれているエピソードであるため、これが正史とは限りません。
『出会ったのが寅靖だったら』という『IF』としてお読み頂けると幸いです。
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→【SWALLOW EDGE・密やかな来訪者 -真夏夜に舞えGhost Dance!!-】
それは、戦争があと数日後に迫ったある日の事だ。
ここ最近、偽身符に任せられない私事が重なったこともあり、今回はポジションの相談にも思うように顔を出せずにいたが、この日は学園に来ていた。
戦場として予想されるエリアや、敵の戦力などを書き記した資料にざっと目を通した後、また激しい戦いになるだろうなと予感する。
せめて自分の親しい人々だけでも、欠けることの無いようにと願うのは、身勝手に過ぎるだろうか。
資料を鞄に押し込んだ後、俺はゆっくりと立ち上がった。
個人的な準備は大体は終えていたし、一度家に戻って食事の準備でもしたら、今度はポジションに顔を出そうか……などと考え、冷蔵庫の中身と献立を交互に思い浮かべつつ、広大な学園の敷地内を歩いていく。
ふと、視界の端に一匹の猫が映ったのはそんな時だった。
白地に虎縞の、まるで中国の四神『白虎』がそのまま小さくなったような、一風変わった猫だ。
当然、見るのはこれが初めてなはずなのだが。その姿に、何故か既視感を覚えて、しばし考え込む。
確か、あれは夏の……
――猫の姿が白に焦げ茶の虎縞だからまるでミニ白虎縫いぐるみ。
「あ」
ようやく、俺はその白い虎猫が誰なのかを思い出していた。
「すまないな。話には聞いていたが、猫の姿を見るのは初めてだったから、思い至るまで時間がかかってしまった」
場所を公園に移し、多少のばつの悪さを込めて彼女に詫びる。
彼女――元の結社仲間である掛葉木・いちるの双子の姉であり、一ヶ月前に新潟で起こった事件の関係者。
掛葉木・はたるは、さして気にしていないといった様子で首を横に振った。
先方も、俺の顔を覚えていてくれていたらしい。
自販機で買ったジュースを手渡した後、それから二人で少し話をした。
先日の新潟の件、そして弟がいつも世話になっている、と礼を言われて、戦いでは自分に出来る事しかしていないし、弟御に関しては俺からは何も世話なんて出来ていないよ、と笑って答える。
後者については、謙遜ではなく本当のことだ。
この夏、例の事件に運命の糸が繋がるまで、彼女の弟と肩を並べて戦ったことは無かった。――学園で週に1度行われている、能力者同士の試合においてすらも。
元いた結社でも、人数が多かった事もあって1対1で話す機会は殆ど持てなかった。そのため、事件を通して双子との交友が結ばれた事は、俺にとっては大きな収穫と言える。
「鎌倉に来たのは受験の関係かな」
俺の問いに、彼女は肯定の意を示した。
例の事件を解決した後、翌日に受けた試験は予想以上の高得点であったらしい。一次試験については免除となり、年明けに横浜で二次試験があるとの事だった。
横浜までの交通経路を確認するついでに、鎌倉まで足を伸ばしたのだと、彼女は言う。
夜には東京駅から新潟に戻ると聞き、彼女の弟の姿が見えない事にようやく思い至った。
戦争前の慌しい時期ではあるが、姉が来るとなれば無理にでも都合をつけそうなものだが。
「それなら、掛葉――弟御を呼ぼうか」
普段、俺は彼女の弟を姓で呼ぶが、目の前の相手も同じ姓であると思い至り、姓で呼ぶのはこういう時に不便だな、と思う。
連絡を取ろうと携帯を取り出した俺に対し、彼女は首を横に振った。
どうやら、彼女は弟には何も伝えずにここまで来たらしい。
何も知らせずにいて欲しい、今日の事は私とあなたとの秘密だ――そう、彼女は言った。
ここまで言われては、首を縦に振るしかない。
携帯をポケットに仕舞い、沈黙を破るように俺の方から話し出す。
そのためか、微妙に余計な事まで喋りすぎてしまった。
新学期が始まってからの情勢を語るうち、次の日曜日に迫った戦争の事まで口を滑らせたのだ。
しまったと思った時は、もう遅い。
彼女の微かな表情の変化は、おそらく弟の身を案じてのものだろう。
自ら激戦へと飛び込み、時には無茶を繰り返す双子の弟の。
――無理もない。
血を分けた兄弟ではないものの、俺にも弟と呼ぶ存在がいる。
その身に何かあったら、到底平気ではいられない。
まして双子となれば、その絆は己の半身にも匹敵するだろうから。
思わず言葉を失った俺を前に、彼女が「――そうそう」と口を開く。
何でも、あの夏の戦いの直前に弟と大喧嘩をしたそうだ。
それは随分と意外なことに思えて、俺は目を丸くした。
話を聞く限りでは仲の良い双子という印象であったし、顔を合わせた日も険悪な雰囲気など欠片もなかった。
そう伝えると、彼女は微かに表情を動かした。
――仲が良い、とは多分違う。互いの差異を認めた上で双子として在るだけ。
双子の兄弟を持たない俺にとっては実感のない言葉だったが、それでも一つだけ分かったことがある。
この双子は、互いを一人の人間として認め、真っ向から互いへとぶつかっている。本気の喧嘩は、その過程で生まれるものだろう。
武器だの異能だの持ち出せば家が壊れるから、徒手空拳と言葉しか使えないけれど、という言葉に、姉弟喧嘩の構図を空想して思わず頬が緩んだ。
喧嘩の原因を、彼女は最後まで言わなかった。
また、俺も無理に訊こうとはしなかった。
姉弟の間で秘めておきたいことも、きっと存在するのだろう。
その後、彼女とは幾らか話した後に別れた。
「――来年の春、銀誓館で会おう」
俺は卒業した身だからOBとしてだけど。と付け加え、手を振って見送る。
手を振り返し、去っていくその後ろ姿を見送りながら、彼女が再びこの地を踏むことを、俺は些かも疑いはしなかった。
次に会う時は、互いに銀誓館学園の一員として――。