【※掛葉木・いちる君のSSとリンクしたエピソードです】
→【SWALLOW EDGE・――pendolarismo. 】
つくづく、隠し事が下手だと思う。
もう少し上手に秘めていられたなら、きっとこれほどに悩みはしなかっただろう。
ただ友人として、笑って手渡せば良いのだから。
負担になりたくないと願い、それは心から真実であるはずなのに。
俺という人間は、どこまでも矛盾だらけだ。
空と、宙に吐き出す自分の白い息とを、ぼんやり眺めていた。
頭を冷やすために散歩に出たはずが、2月の寒風は些かの役にも立たなかったらしい。
足を止めれば肌寒くなる一方、それでいて肝心の頭の中は煮詰まったままで、解決の糸口すら見えない。
もはや何度目かもわからない溜め息をつきかけた時、どこからか声が聞こえた。
名を呼ばれていると気付いたのは、少し時間が経ってからだ。
「……渕埼、先輩?」
ようやく視線を向けると、見知った顔が気遣わしげな表情で俺を眺めていた。
以前の結社仲間であり、そして昨年の夏に新潟で起きたゴースト事件で共に戦った友人でもある掛葉木・いちるの姿だった。
どうしてここに、という問いは、続く掛葉木の声にかき消された。
「――何があったのかは聞きません」
別段、何かがあった、というわけではないのだが。
友人の真剣な態度から察するに、先程の俺の様子は傍から見ていてよほど挙動不審であったらしい。
この寒空の下、何をするでもなくぼうっと立っていたのだから、それも無理のないことだろうか。
このままでは風邪を引くからと、掛葉木に言われるまま腕を引かれ、クラブ棟の一室へと案内される。
ここが銀誓館学園の敷地内であることに、今になって気付いた。
「……学園内だよな、此処は」
コーヒーが注がれた厚手のマグカップを、両手で包むようにして暖を取る。自覚していた以上に、体は冷えきっていたらしい。
「ええ、一縷樹のクラブ棟です。去年借りてたのと同じ部屋が偶然空いてて助かってて。放課後限定殆ど主不在の割に棚の祈菓減ってるのが……って何処だと思ってたんですか」
俺の間抜けな問いに対し、若干呆れたような掛葉木の声。
いかに学園の近くに住んでいるとはいえ、散歩に出て自分の現在位置すら失念していたのだから、心配もされるわけだ。
「余り何処をどう歩いたのか記憶に無くてな……もう夕方だという事にすら今気付いた位で」
「……敢えてこれだけ聞きますけど、食事摂った記憶すら無いとか言いませんよね?」
まさか、と笑おうとして、即答できない自分に愕然とした。
食べていない、という事はないはずだ。俺一人ならともかく、祖父が家にいる休日に食事の準備を忘れるなどとは考えにくい。だとすれば、いつも通りに食事を作り、祖父と食卓についたはず――なのだが。
何を食べたか、さっぱり覚えていないのだ。
おそらく、考え事をしたままでも体は習慣に従って動き、食事を準備したということなのだろうが……この状況でまともな味の料理が作れたのか、少し不安になった。濃すぎる味噌汁でも出していたら祖父が気の毒だ。
マグカップのコーヒーを口に含むと、頭をすっきりさせようとブラックで頼んだはずのそれが何故か甘い。これも無意識に砂糖とミルクを投入していたのだろうか――そんな馬鹿な。
内心の動揺を誤魔化すように、表情を押し殺しつつ甘いコーヒーをすすっていると、不意に掛葉木が口を開いた。
「……花の写真と花言葉の本、ですか。俺も同じの持ってます、はたに押し付けられた奴を」
掛葉木の視線は、俺が持参していた革装丁の本へと向けられている。
中身を言い当てられてどきりとすると同時に、話題に出た掛葉木の双子の姉の顔を思い浮かべる。昨年に会ったきりだが、元気にしているだろうか。
彼ら双子とも深く関わっていた新潟のゴースト事件を思い返しながら、言葉を交わす。
「……掛葉木が持つ分には何も違和感が無い本なんだがな、俺だとどうにも」
「何ですか違和感って。それに革装丁の本だし敢えて言わなきゃ誰も中身分からないのに」
己の失言に慌てて口を噤んだ後、互いの間に沈黙が落ちる。
バックに流れる音楽だけが、この場において唯一、自分のペースを保っているようにも思えた。
黙ったまま、掛葉木が自分のマグカップを口に運ぶ。直後、その表情が曇った。
「何か変だと思ったら砂糖入れ忘れた」
確か、掛葉木が飲んでいるのはココアではなかったか。
俺にとっては馴染みが薄い飲み物だが、砂糖を入れなければどれだけ苦いものかは、何となく想像はつく。
「……そ、それは今からでも足したらどうだ」
「いいですこのままで。ダークココアだと思えば。牛乳入ってる分の甘さはあるし」
甘くないココアを手に平然と言う友人の姿を見て、その態度に普段とは異なるものが微妙に混じっていることに初めて気付く。
ここに至るまで見逃していた自分自身の迂闊さに、心中で舌打ちした。
一体どれだけ、自分のことで手一杯になっていたんだ、俺は。
「珍しいな、料理の類でミスをする姿というのは」
「技術家庭と美術と声楽以外は散々な粗忽っぷりですよ、得意分野も万能とは言い難いし」
「……それだけ得意分野があれば充分じゃ無いのか?」
「普通男で得意分野がそっち側に偏るかって言われたら俺には反論不能ですけどね」
それはそれで立派な才能だし、今のご時世、家事の類は女性だけに押し付けるものでもない。この俺にしても、男所帯という理由もあるが、自宅では家事のほぼ一切を取り仕切る身なのだから。上手い下手は別にしても。
そうフォローする間もなく、掛葉木の言葉が続く。
「まあ料理は兎も角としても、刺繍の意匠込みで徹底的にラフ画起こして布地裁って……」
はっと表情を強張らせた瞬間、声が急激に途切れた。
そのまま、掛葉木はテーブルに突っ伏して動かなくなる。
肝心の部分こそ聞き取れなかったものの、この友人にとって不都合な内容を、思わず口にしてしまったらしい事は察しがついた。
――刺繍糸の色合わせまでして『 』作ったりしない。
理由は訊くまい、と思う。
あれだけ挙動不審の限りを尽くした俺に対しても、掛葉木は訊かずにいてくれたのだから。あちらから言わない限りは、問わずにおこう。
突っ伏した掛葉木のマグカップから、砂糖抜きのココアが湯気を立てている。
傍らの砂糖壷からそっと、砂糖を数杯投入した。
先程、俺が食事を摂ったかどうかしきりに心配していた当の本人も、あまり顔色が良くない事に気付いたからだ。無論、この程度では気休めにしかならないだろうが。
起き上がった掛葉木が、自分のマグを引き寄せてココアを口にする。
味の変化に気付かないはずはないだろうが、掛葉木の表情からは驚きだとか疑念だとか、そういうものは読み取れない。
これは案外、重症かもしれないなと思う。そして、自分の事を棚に上げてしまえば多少は冷静になれるものだなと、内心で自嘲した。
コーヒーを飲み干そうとした時、入口の方で軽い物音がした。
振り返ると、ファイルが床に落ちて、そこに挟まっていたらしいチラシが何枚か散乱していた。
位置的には俺の方が近い。拾いに行こうと腰を浮かせた俺を、一足早く立ち上がった掛葉木が制する。
やがて、戻った彼が拾い集めたファイルとチラシをテーブルに置くと、そのうちの1枚が俺の目を惹いた。
「……“リンクスを作ってみませんか”?」
「ああ、それ学園で配られてた募集チラシです。リンクスっていう北欧発祥の御守り作りの。形も願いも千差万別、既に出来てるリンクス繋いでも良いし一から作ってもいいし、と」
この時期、学園でも学生やOB主催で様々なイベントが催される。
実のところ、俺が心悩ませていた原因もそこにあったのだが、それとは別にして、興味のあったイベントではあった。
「……気にはなっていたんだが」
「……作ろうかな、自分の」
ふと呟いたところに、掛葉木の声が重なる。
思わず、互いに顔を見合わせた。
「……そのチラシ、募集〆切いつになってます?」
数瞬の沈黙を破り、掛葉木が口火を切る。
「……明朝だな。だが募集窓口が卒業生なせいかメールでの申し込みは随時OKとある」
「じゃあ今から滑り込んでも充分間に合うと」
「明朝よりはまだ募集主に優しいと思うぞ、今からなら」
どうやら、考えていることは大体同じであったらしい。
「――行きませんか、作りに」
「――ああ、構わないよ。しかし二人だけで、というのは珍しい組み合わせかもな」
先を越された誘いの言葉を受けて、この日初めて笑ったような気がした。
※バレンタインイベシナ『世界にひとつだけの~Ud af hjerte』に、いちる君と同行する事になった経緯を書いたSSです。
なお、公開にあたり、いちるくんのプレイヤー様に許可を頂いております。
有難うございました。