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(株)トミーウォーカーのPlay By Web『SilverRain』『無限のファンタジア』のキャラクター達の共用ブログ。
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2024/11/23 (Sat)

【※掛葉木・いちる君のSSとリンクしたエピソードです】

【SWALLOW EDGE・――curiosità. -pendolarismo- 】

雲一つない空から、真夏の太陽が容赦なく地上へ照りつけてくる。
7月下旬の昼下がり、気温は当然のように30度を越えている。大学の試験を終えて鎌倉まで戻り、それからここに至るまで歩き通しだったためか、汗とともに疲労が滲み出る。

坂を上りきると、高台から青い海が見えた。
ハンカチで額の汗を拭いながら、目的の店を探す。
幸いにも、さほど苦労することなく見つけることが出来た。
入口に飴色の揺り椅子が置かれた、季節により場所を変える菓房。
それこそが、年少の友人が営む結社“-Vigilia di Natale-”。

店の扉を開けると、カウンターの奥に尋ね人の姿があった。
「――学園にもバイト先にも自宅にも居ないとなれば、やはり此処だったか」
背中越しに声をかけると、来客に気付いた彼もまた振り返り。

「……渕埼先輩?」
彼――掛葉木・いちるは、しかし俺の顔を見ると眉根を寄せ、俺の位置に一番近いテーブルをこつこつと指で叩いた。

「――この炎天下、帽子も日除けも無しで此処にとか自殺行為にも程がありませんか程が」
促されるままテーブルの席についた俺に、いちるは眉根を寄せたまま開口一番そう言った。
真夏日に対策を怠ったことは否めないが、しかし自殺行為とは少々大袈裟ではないだろうか。

「……いや、そう大した距離じゃ無いだろう此処なら」
「その前に一縷樹にもNataleにもその隣の家にも寄ったと言いましたよね先輩。――此処、完全に逆方向ですけど?」

街中なら兎も角、この辺は碌な日陰もなかった筈だと、理詰めで攻めるいちるの舌鋒は鋭い。
返す言葉を失くした俺を一瞥すると、いちるはカウンター奥の冷蔵庫を開け、そこから取り出した氷の塊をミキサーに放り込み始めた。

「仮にも武術を嗜んでいる方が現状の『異変』に気付かないとか一体何やってるんですか」
「異変?」
「……先輩、最後に水分を摂ったのは、いつですか?」

鏡で見せたい位に顔が真っ白なんですけど。と、呟くいちるの視線が冷たい。
この時期、水分と電解質の補給には気を配っていたつもりだったが、目的地に急ぐあまりここ数時間は失念していた。
歩き回ったとはいえ、この程度の距離で疲労を感じるのは珍しいとは思ったが……成る程、熱中症になりかけていたという訳か。

気付かぬまま道端で倒れでもしていたら洒落にならなかったな、とバツの悪い思いを抱える俺の前に、いちるが淡い黄色の氷菓子を盛り付けたグラスボウルをことりと置く。

「まだ試行錯誤真っ只中の物ですけど、蜂蜜漬けの梅をベースにしたソルベです。この季節、甘過ぎるよりもいっそこういう物の方がすっきりするかと」

礼を言い、ともに供された氷水のグラスで喉を潤してから、梅のソルベを一匙すくって口へと運ぶ。
梅の酸味と蜂蜜の甘味が、火照った体に沁み渡って心地良い。

暫しの間、ソルベを味わいながら他愛のない会話に興じていたが、ふと、いちるが思い至ったように口を開く。

「――そういえば。渕埼先輩、どうして此処まで」

この炎天下を歩いて探すくらいなら携帯で呼び出した方が早かったのでは、と言ういちる。微妙に痛いところを突かれたが、それはそれで尤もな疑問ではある。

「いや……『直ぐに逢えるか』よりも『何処にいるか』の方が重要だったんでな」
「ああ、中心部より離れてて邪魔や第三者がいない場所であれば尚良し、ですか」
「……一寸待て、いちる」

曖昧に言葉を濁した甲斐もなく、いちるはあっさりと核心を突いてきた。
ある特定の分野と、自分自身に関すること以外であれば、この年少の友人はどこまでも鋭い。
俺にとって幸運だったのは、ここに来た本当の理由が、彼にとって察知が難しいだろう『ある特定の分野』に属する内容である、ということだろうか。

なおも言葉を続けようとするいちるの声は、不意に途切れて。
沈黙が訪れた店内に、ちりん、と風鈴が鳴る。
何だか、以前にも似たような状況があったような気もするが……あまり深く考えない事にする。

「……まあ、それは置いておいてくれ。いちるは此処で何を?」
「半分は店番です、結社とはいえ一応菓房ですから。もう半分は一寸細々と片付け事を」
「片付け事?」
「ええ。――向こうのテーブルを占領して色々と」

いちるが示した先、カウンターに近い位置にある奥のテーブルは、まさに占領という言葉が相応しい有様になっていた。
広げられたスケッチブックの上に散乱する色鉛筆や方眼紙、複数の付箋。
その周囲に積まれた、ページの角があちこち折られた雑誌や、栞代わりの紙を挟みこんだ本の山。

テーブルに歩み寄り、ふと視線を落とせば、メモの重石代わりに置かれているマカロンが目に入り。
食べ物を粗末にするのは感心しない、と手に取ったそれは、何と精巧に作られたペーパーウェイトで。しかもそれが持ち主の作と聞いて、改めて器用さに驚かされる。

「それにしても……山のような資料だな」
「でも本は明日一気に返却です。数冊は既に予約が入ってて延長が出来ないので」
「返却? ……これ全部大図書館なのか、出所は」
「大図書館です。街の図書館以上の蔵書数とジャンルの多彩さに時々本気で怖くなります」

そう言って、学園の大図書館に返却する本を選り分けるいちる。
傍らに積みあがる本の中に、近く借りたいと思っていた一冊があるのを見つけ、俺はその本を手に取った。

「この本で少し調べたい事があったんだ。丁度いい、此処で見せてもらおう」
「メモとかペンとか勝手に使っちゃって構いませんよ、流石にスキャナは無いですけど」
「試験帰りだから筆記用具は持っているよ。名称さえ控えておけば後で検索が出来る」

近くの椅子に腰を下ろし、鞄からノートとペンケースを取り出して手早くメモを書き留める。視界の端に、向かい側の椅子にいちるが腰掛けるのが見えた。
書き終えたノートを仕舞い、いちるが紙に鉛筆を走らせる音に顔を上げれば、卓上の方眼紙には、色鉛筆で複雑な模様が描かれている最中で。
素人目にもそれとわかる繊細な図案を見て、思わず感嘆の息が漏れた。

元より、こういった作業は俺の得手とするところではない。
家で日常的に台所に立っており、その他の家事も殆ど一手に引き受けているおかげで、家庭生活に関するスキルは人並みに身につけているものの――それは経験の蓄積により年単位で培われていったものであって、俺は決して器用な方ではないのだ。
特に、こういった創造的なセンスなどは、5歳下のこの友人には決して敵いはしない。

武骨にして不器用。それが、自他ともに認める俺の性質である筈だった。
そうでなければ。手先だけでなく、他のことも――もう少し器用に立ち振る舞う事が出来たなら。
俺はきっと、今日ここを訪れることも無かっただろう。

「――本当に、俺の周りは抽斗が多い者ばかりで羨ましいよ」

不意に口をついて出た俺の声に、いちるが色鉛筆を持つ手を止めて顔を上げる。
作業の邪魔をしてしまっただろうかと、些かのバツの悪さを込めて言葉を続ける。

「抽斗もそうだが……他にも、色々な」
「……先輩がそれを言いますか?」

経験も実力も知識も、まだ先輩には遠く及ばないじゃないですか、と返すいちるに、俺は首を軽く傾げてみせた。

「そうか? だがすべて逆の事も言えるだろう?」

経験という常識に縛られることのない鋭い直感。
単純な力のみに頼ることなく、足りぬ部分をも補い得る戦術。
型に嵌った知識に収まらない豊かな発想。

全て裏と表。長所とは短所の裏返しであり、また逆も然り。
そして。人は、自分に無いものこそを求めたがる。

「考え過ぎて理屈に囚われる俺からすれば、充分に羨む対象の一人というわけだ」
「……感情先行なのも碌な事無いですよ、冗談抜きで」
「高校生が言うには些か早過ぎるぞ、それは。ただでさえ自律が過ぎる所があるというのに」

知り合って数年になるが、俺は未だに、この年下の友人が我儘らしい我儘を言うのを耳にしたことが無い。
そう言って笑うと、いちるは「我儘なら今迄に何度強行してきたか思い出したくもない」と眉根を寄せた。

「……どこがだ」

まあ、その我儘の内容も大体は察しがつくといえばつくのだが。
この場合、俺の言う我儘とは方向性がまるっきり違う。
年を経て大人になってしまう前に、駄々の一つもこねてみれば良いと、半ば冗談でなく思う。

「どこがって、我儘が。今迄幾つも幾つも」
「いや、だからどこが……」

それきり、再び沈黙が落ちた。
時折響く風鈴の音色を聞きながら、俺はすっかり氷が溶けきったグラスの水を飲み干す。

「……それにしても全然纏まらない」

不意の呟きに視線を向けると、目を伏せて溜息をつくいちるの姿。
「時間、余り無駄に出来ないのに」
続く言葉で、俺にはその理由を何となく察することが出来た。
もう7月も終わりに近い。8月になれば、程なくして年齢を一つ重ねる友人が居る筈で……いちるにとって、彼女は友人という枠を越えた特別な存在でもあった。
俺がその事実を知ったのも、割と最近のことではあるが――。

「……なるほどな。いちるが此処を選んだ理由はそれか。だが、ああでもないこうでもないというのも今では嬉しい悩みなんじゃないのか?」
「……誰相手でも変わらない。ああでもないこうでもないで必死になるのは誰に対してでも」

茶化すような俺の問いに、いちるが若干の荒さを含んだ口調で答える。

「……感覚ずれてたり的外れな物贈るわけには絶対にいかねえし、反して相手に拠っちゃ嫌がらせ寸前の発想出さないと勝負にならねえし」
「……後者の対象が誰なのか想像に難くないな。未だ心が折れていないのはいちるだけだ」

常に飄々と予想の斜め上を突き進む存在に対して、今もなお真っ向から食らいついているのは、俺の知る限りはただ一人、いちるだけの筈で。
血縁ゆえの親しさ、付き合いの長さもあるのかもしれないが……何がそこまで、いちるを駆り立てるのだろうか。
おそらく、本人にも分からないのではあるまいか。

「従弟に関しては別としても――」
そんな俺の思考は、いちるの声で中断した。
「これは嬉しいと言うよりは、挑戦し甲斐がある、なのかな」

いちるの手が開かれたままのスケッチブックに触れ、色鉛筆で彩られた図案に指先を滑らせる。

「笑ってて欲しいから。俺のエゴだとしても。此処に居る、必ず待ってる、そう伝えたいから」

淀みなく語るいちるの表情には、些かの迷いもなく。
俺は、ずっと内に燻っていた憑き物が落ちたような、そんな感覚をおぼえた。
次いでこみあげてきた感情が、心からの笑みを俺の口元に浮かばせる。

「遅きに失してるにも程があるとはいえ曲がりなりにも自覚した以上は……あの、ええと、渕埼先輩何で笑って、て一寸待って何なんですかその顔は!?」
「……いや? 若者は素直で宜しいと思っただけだが?」
「待って下さい一体何がどうなったらそういうとんでもない帰結に!!?」

テーブルに手をついて勢い良く立ち上がったいちるの椅子が、がたんと大きな音を立てる。
その慌てた様子と、先の発言のアンバランスさが可笑しく、俺はとうとう声を上げて笑い出した。

「さっきの一言、どう解釈しても惚気以外の何物でもないぞ? なに、幸せそうで大変宜しい」
「なっ!? ……ええどうせ俺から告白する以前の問題で逆にされて初めて、目の前の相手に片恋抱いてたんだって気付いたとかもう指差して笑えばいいんだ……っ」


――この瞬間。いちるの、その一言で。俺が此処に来た理由は、ほぼ全て失われた。

だが、それで良いのだ、と思う。
こういったことで誰かに知恵を借りようなどと、それが間違いだったのだ。

武骨でも、不器用でも。
人が聞けば陳腐にしかならない言葉であっても。

俺には、それしか無いのだとしたら。
その中から、俺なりの一言を紡いでいくしかないのだ。

いつか。そう遠くないはずのいつか。
己だけの想いを、己だけの言葉で――必ず。

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